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第180話(第7章)

 必要書類だけ貰って院長室を辞した。 「英吉利か……、一度行って見たかった。その夢が留学という一番望ましい形で実現出来るのは、全てが晃彦のお陰だ。有り難う」  興奮に頬を桜色に染めた片桐がお辞儀をして来た。  その瞳の輝きに魅了されそうになるが、ここは学校内だという事を辛うじて思い出した。 「いや、今までのお前に懊悩させた事を考えると、そこまでお礼を言われると却って恐縮してしまう」 「それは……悩んだが、しかし、良い結果に繋がった。絢子様、畏れ多い事に皇后陛下、それらを動かしたのは晃彦だ」  絢子様を動かしたのは多分片桐の涙だ。それに華子嬢の親友の柳原嬢が親身になって下さったのも、――親友の片桐華子嬢から頼まれたとはいえ――自分と会う為に御見合いのようなものまで設定して片桐を何とか救い出そうとして下さったのも、片桐の為だと思う。他の人間だったら、彼女があそこまで力を貸して下さったかどうかははなはだ疑問だ。  そう予想は付いていたが、大人気なく黙って居る事にした。  片桐がこんなに喜んで溌剌と話すことが単純に嬉しい。異国の地で学ぶことへの不安は有るが、片桐と一緒に居られるのならば、どんな場所でも構わないと思う。  片桐の話を聞いている内に車宿りの場所に着いた。未だ皇后陛下の御車は待機していた。運転手が前部座席から走り寄って、二人の為に後部座席のドアーを開けてくれた。 「どちらまでお運びいたしましょうか」  片桐が「どちらの屋敷にする」と言いたそうな顔をして自分を見て来る。 「片桐伯爵邸までお願いする」  そう指示すると、車は滑らかに走り出した。  往生際は悪いが、今直ぐに自分の屋敷に帰る気はしなかった。父母は今頃怒りの余り狂乱されているだろう。その場所に帰りたくは無い。時間稼ぎにしかならないが…。それに何よりも、以前の様に回復した片桐と離れたくは無かった。  後部座席に座ると、片桐は無言で掌を自分に重ねて来る。勿論運転手に気付かれないようにだった。  横を向くと、片桐の幸せそうな顔が有る。  今までの苦労が実ったという実感が湧いて来た。  片桐邸の近くまで来ると、流石に屋敷の主人は見に来なかったが、各屋敷の使用人が皇后陛下の御車だと分かる旗印を立てた御車を見物するためにだろうか。わざわざ出てくる人も居た。滅多に走る車ではないので、華族の御屋敷町として知られる屋敷に仕えている人間でも珍しいのだろう。  片桐家の車宿りに停車させると、運転手に「もう帰って良い」と指示をした。

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