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第181話(第7章)
自分の言葉に片桐も別段驚いた顔はしなかった。父上達が皇后陛下の御前でどんな目つきで睨んでいたかを忘れる程、片桐は鈍感な性質では無い。但し恋愛感情には疎い面は有るが。
「オレの部屋で良いか」
無言で頷いた。
「分かった。ではオレの部屋に行こう」
この屋敷では自分は歓迎されている。使用人達に丁重なお辞儀をされながら片桐の部屋に向かった。
自分の屋敷の方が敵陣の様な奇妙な感覚に襲われる。
今は片桐と一緒に居たい、話したいそう切望していた。
廊下を二人して歩いて居ると、老女中とすれ違った。如何にも昔の武家の妻女らしい品格を持って居る女性だった。
自分にも非の打ち所が無い礼儀作法で挨拶をして呉れる。その彼女に片桐は親しげに声を掛けた。
「父上と母上は御帰邸になられた様子は無いのだが、いらっしゃらないのか」
実は自分も先程から気に懸かっていた事だった。自分の両親も何をして居るのかが気に成る。
「左様で御座います。未だ宮城からはお戻り遊ばしていらっしゃいません」
まさか、皇后陛下にお目にかかる正装で余所の屋敷にはお寄りに成らないだろう。自分達を外した会話がなされているのだろうかと思った。
片桐も同じ事を考えて居たらしく、少し難しい顔をして居る。しかし、それも一瞬の事で、自分を見る目は特別な光を宿している。
やがて、片桐の私室に到着した。女中に御茶と御菓子の用意をするように命じると、安楽椅子を勧めて呉れた。
片桐は室内着に着替える事を省略したらしい。直ぐに向かい側に座り、留学の事が書かれた書類を熱心に読んでいる。語学力では片桐の方が信頼出来る。自分は目を輝かせて読んでいる片桐の顔をただ、見ていた。
片桐はふと顔を上げると視線を動かし、自分の瞳を覗き込んだ。
「晃彦、疲れていないか」
そう言われてみて、初めて気付いた。昨日の睡眠不足と今日の謁見で精神的に疲労が溜まって居る事に。
「そうだな。今までは、急転直下の出来事が続いたので、自覚する暇は無かったが、そう言えば疲れて居るのかも知れない」
片桐の顔が曇った。
「皇后陛下の前でも倒れかけただろう……。今まで、オレの為に色々と腐心させたし、行動もして居ると華子から聞いている。その疲れが出たのだと思うのだが」
片桐の私室は、足繁く通ったせいもあるが、片桐が居ると思っただけで自分の部屋よりも心安らぐ空間になっている。自分の私室では忌まわしい事も有りすぎたので尚更だ。そのせいか、自覚していなかった疲労が此処に来た事で一気に押し寄せて来たのかも知れない。そう言えば、頭痛もして居る。
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