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第183話(第7章)
自分だけかと思い、聞いてみた。
彼は白皙の頬に紅を浮かべて言った。
「……実は、心地良さと共に危うい情動を感じていた。しかし、それを言うのは憚られた……」
言いにくそうに白状して呉れる。と、同時に彼の指は自らの唇に触れている。
「実は、俺も今、そう感じて居る」
そう言うと、すっかり頭痛や疲労が取れた身体を起こし、彼の肩に両手を置き彼の唇を自分の唇に重ねた。
ずっと、切望していた行動だった。
接吻は深まって行き、薄目を開けて片桐の顔を見ると、気持ち良さそうに目を閉じている。
以前、自分とこういう接触が有る時は、必死に瞳を開けていた彼だった。二人の関係が陛下の御墨付きを得て、あまつさえ一緒に留学出来るという心の余裕が出てきたのだろうか。長い睫毛を微弱に震わせて口付けを受ける彼に愛しさが深まる。
口付けたまま、彼は首に回した自分の手を動かし、襟の釦を外して呉れた。そして、制服の釦も一つずつ外して行く。
この動作が何を意味するかは明白だった。
「ああ、彼も同じ気持ちで居て呉れたのだな」
首筋に接吻を受けた時、堪り兼ねて、彼の制服の釦に手をかけた。そして先程横になっていた長椅子に彼をそっと横たえた。
彼は心から嬉しそうな微笑を浮かべてなすがままになっている。
その時、遠慮がちに扉の向こうから女中の声がした。
「旦那様、奥様がお戻りに成られました。人払いの件は存じて居りますが、旦那様が是非ともお話ししたいと仰っていますので。お客様もご一緒にとの事で御座います」
折角の機会だったのに、また邪魔が入ってしまった。彼に向かって苦笑すると、片桐も何ともいえないような顔で苦笑していた。
「ああ、分かった。直ぐにお伺いするとお伝えしてくれ」
片桐の判断は正しいと思った。彼の父上は病を押しての参内だったのだから、かなりお疲れだろう。それを押して自分にも会いたいと思われるのは余程の事が有った証拠だろうなと推測される。
彼が名残り惜しそうに身体を離したので、彼の気持ちをなだめるように唇に口付けた。
「御両親が部屋着に着替えるまではこうしていよう」
お互いの吐息がかかる程の距離でそう囁いた。
「ああ」
そう言う片桐の瞳は潤んでいたが、嬉しそうだった。
折角の機会では有ったが、自分達は一緒に留学出来るのだ。機会は今までとは比べ物にならない位に多く成る。そう思ってなだめるしかなかった。
自分達の両親がどんな会話を宮城でして来られたのかがとても案じられる。
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