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第185話(第7章)

「それは主人から聞いて居ります。こう申しては失礼ですが、愚息が精神的に不安定に成る位、加藤様の事を気にかけて居たのは存じております。愚息は加藤様無しでは生きていく事が出来ないのでしたら、二人の仲を認めるしか方法はございません。  どうか、愚息の事を頼みます」  そう仰り、椅子から立ち上がり西洋式のお辞儀をなさった。  矢張り、自分の家族が問題だと……そう思った。手紙のことを失念していたのが悔やまれるが、陛下の御仲裁があれば、父母も引き下がるのではないかという読みがあったので手紙を隠した。しかし、それは逆効果だった様だ。 「とにかく屋敷に戻り、父母と話してみます」  決意を込めて言うと、片桐は儚げな微笑を浮かべた顔で自分を見つめていた。指が小刻みに動いていた。  その微笑に、力付ける様に微笑み返した。 「それでは、私は自分の屋敷に戻ります」  伯爵は疲れ切ったような微笑を浮かべられた。夫人は同情に近い表情で各々見て下さった。礼を言って立ち上がると、片桐も同じ動作をした。扉の前で夫妻に一礼し、辞去の挨拶をして廊下に出た。片桐が肩を並べて歩いて来る。見送ろうとした使用人に片桐はきっぱりと言った。 「御見送りはいい」  廊下を歩きながら片桐は先程の英国留学の案内を読んで居た時とはうって変わって痛みをこらえる様な顔をして居る。 「晃彦、お前ばかりに苦労を掛けさせて済まない。何ならオレが一緒に行って弁明しようか」  気持ちは有り難かったが、逆上していると思われる母に今遭わせるわけにはいかない。火に油を注ぎかねない。 「いや、俺1人で戻る。何とかして逆上している母を宥める積りだ」 「……そうか」  そう言っている片桐の指は震えている。彼の精神状態も余り良くない様だ。これ以上の負担は掛けられない。 「しかし、二月もすれば、この国から離れる事が出来る。それまでは何とかして父母の気持ちを鎮めるように努力するから、お前も英吉利のことだけ考えて居れば良い。勿論、俺の事も考えて呉れれば嬉しいが」  冗談混じりに言うと、片桐はムッとした様に黙り込んだ。  どうしたのだろうか……と思っていると、ポツリと言葉を漏らした。 「……晃彦の事はいつも考えて居る」  静かなそして冷たい熱秘めた眼差しだった。  その言葉、その瞳に、母の片桐家への非難中傷だけは何としてでも止めさせなければ成らないと決意を新たにした。  三條に相談してみようかと思いついた。彼はさり気無い風をして居るが、社交場などでは相当観察眼が鋭い。誰か母を諌める事が出来る人間を知っている様な気がした。

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