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第186話(第7章)
これは、自分の屋敷では出来ない。片桐家の電話を借りるしか無さそうだった。
片桐にその旨を話すと、電話室に連れて行って呉れた。電話室の前で、学校から帰って来たと思しき華子嬢に会った。
「お久しぶりですわね、晃彦様。ご機嫌は如何」
三條との婚約が内々とはいえ着々と進んでいるのは片桐から聞いて知って居た。そのせいだろうか、片桐に良く似た顔立ちが一層華やかで美しい。
「三條は元気ですか」
華子嬢は頬を紅に染めると振袖の袖で顔を隠し恥ずかしそうに言った。
「……実は今日もランデブーでしたの。とても元気でいらっしゃいますわ」
「それでは、三條は自分の屋敷にもう戻って居ますね」
つい早口になってしまった自分の口調に少し首を傾げながらも彼女は頷いた。
電話室に飛び込んで、交換手に番号を告げる。
電話室の外からは、片桐と華子嬢が話しているのが聞こえた。弾むような華子嬢の口調に比べ片桐の口調は少し暗かった。
三條に電話をかけた。彼は華子嬢とのランデブーから直接帰邸したらしく、屋敷に居た。
これまでの経緯を敷衍して説明し、誰が母の怒りを解く為に適任者かを聞いて見た。三條は即答した。その御名前を聞いて有り難く電話を切った。ただ、切り際に彼と華子嬢の前途を祝福する。
次に電話交換手に告げた番号は鮎川公爵邸のものだった。以前夜会に招待されてからは話した事は無いが、公爵は社交界では重鎮であり、また、彼に逆らった華族は夜会に招待されなくなる。鮎川公爵の夜会に招待されるというのは自分達の世界の中では特別な意味を持つ。招待されない人間は、一流の華族とは認めて貰えないらしい。
夜会の時には気さくに話しかけて下さったので、一縷の望みで電話をしようと試みた。
電話が繋がると、公爵は久闊を叙した後に、親しそうに用件を聞いて来て下さった。
「御前のお手を拝借するのは心苦しいのですが、我が家では少し騒動がありまして」
電話の向こうで含み笑いがした。しかし、陰湿なものは感じなかった。どう説明すれば良いのか分からない。自然と額と掌に汗が浮く。
「知っておる。何が有ったのかも、そしてどうなったかも。今日は皇后陛下と謁見されたことまでも」
驚愕の余り声も出ない。自分と片桐の噂については、母が漏らしたせいで一部の人間は知っていると思っていたが、よもや今日の今日、宮城に参内した事までご存知とは。
黙りこんだため、公爵は言い募った。
「社交界の事でワシの知らない事は無い……と言いたい所だが……まあ、そういう面も否定はせんが……。実は三條卿のご子息から時々相談を受けていた」
やっと腑に落ちた。
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