186 / 221

第187話(第7章)

 三條は自分との電話を尽く断られ、公爵に助言と助けを求めてくれたに違いない。  三條はさっきの電話で自分が公爵に話している事は言わなかったが。それも自分に精神的負担を掛けない様にとの配慮だったのだろう。 「それで、お願いというのは…」  どう言葉を切り出して良いものか考えたため自然と間が開いてしまう。切実な願いをどうすれ説得すれば成功するのかを必死で考えていた。 「御母堂を説得して欲しい……という事ではないか」  額に汗を浮かべたまま絶句した。何故此処まで御詳しいのだろう。 「……その通りです。何故お分かりに成られましたか」  少し改まった公爵の声がした。 「絢子様からお電話を頂戴した。多分、御母堂は納得していないだろうから取り成しを頼むとの仰せだった」  絢子様は部屋に流れる微妙な空気をお察しされたに違いない。それで鮎川公爵にお頼みになったのだろう。流石は英明の誉れ高かった先帝の御子様でいらっしゃると思った。 「ワシは、若い者の頼みは断らない様にしておる。早速、そちらの屋敷に出向いて、説得してみるとしよう。結果は当てにはならないと思うが」  最後の言葉を冗談の様に仰せられた。 「どうか宜しくお願い致します。この御礼は改めて」  そう言って電話を切り、電話室を出ると扉の正面の廊下に片桐が深刻な表情を浮かべて佇んで居た。  周囲に人は居ない。 「晃彦、ずっと……オレの事で振り回してしまって済まないと言う言葉では表現出来ない……どうすれば良いのか分からない」  眉間に皺を寄せて沈んだ声で言う。 「いや、多分、母の怒りもどうにかやり過ごせそうだ。 お前は心配せずに英語の勉強でもしておけ。多分、英吉利では頼る事に成りそうだから」   努めて快活に言うと、愁眉を開いてほのかに微笑んだ。  自分の母が激怒して居ることに責任感を感じていたのだろうと思った。 「実は鮎川公爵が母を宥めに訪問して下さるそうだ。だから、屋敷に帰っても父母は公爵に掛かりきりだと思う。もう少し、傍に居ても良いか」  片桐の唇が弛み、先程倫敦大学の紹介文を読んでいる時に浮かべたのと近い表情で微笑んだ。  その微笑に誘われて、周囲を見渡す。使用人が全く居ない廊下だった。恐らく片桐が自分との話しをしたくて人払いをしたに違いないと思った。  華奢な腰に両手を回すと、片桐も身体の力を抜いて凭れかかってくる。背をかがめて瞳を見つめた。澄んだ綺麗な瞳だった。しかも、喜びが加味されているので宝石の様に輝いて居る。  片桐はおもむろに瞳を閉じると口付けをして来た。廊下なので、誰が通るか分からない。幾ら人払いがしてあったとしても周知徹底しているとは限らないし、片桐の御家族が通り掛かられるかも知れない。

ともだちにシェアしよう!