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第188話(第7章)
次第に深くなって行く接吻を心地よく感じては居たが、これ以上こうして居ると次の行為がしたくなる。名残惜しげに唇を離した。口付けの激しさを物語る様に、離した唇に銀色の橋が掛かって居た。
片桐の私室には誰も来ないのは分かっていた。しかし、先程の電話で三條がどれだけ自分達の事を案じて呉れていたのかが判明した今は、三條に御礼が言いたかった。
「話がしたいのでお前の部屋に行っても良いか」
殊更、「話」を強調した。
片桐は恍惚とした表情を浮かべていたが、「話」と聞いて顔に動揺の表情が走った。
片桐は、自分を案じて呉れている。激怒しているであろう母上を宥めに自ら出向いて行こうとした程だ。電話の事が気に成るのだろうか…と思った。
「ああ、オレは構わないが」
勝手知ったる片桐の屋敷だ。何度尋ねて来たのかも忘れる位、この屋敷は訪れて居る。
さっさと電話室から片桐の部屋に自分から歩いて行った。片桐も横に並んで歩いている。電話室を離れると使用人があちらこちらで仕事をしていた。矢張り、電話室の辺りは片桐の意思で人払いをしていたらしい。
時々、片桐の手が当る。見ると足の運びを自分とは反対にしているようで、それで手が当るのだと納得した。片桐の表情を見ると、幸せそうな顔で歩いて居る。手が当るようにしている確信犯だと思うと、余計に愛しさが募る。
片桐の自室に入ると、片桐は使用人を遠ざけて扉を閉める為に立ったまま、開口一番言った。余程気になっていたらしい。
「話……とは」
「先程鮎川公爵とお話をしたというのは話しただろう。その御話の中に三條が公爵に俺達の事を相談してくれていたそうだ。
恩着せがましいと思ったのか、俺との電話の時には何も言ってなかったが……。だから御礼がしたい。ただ例の一件で三條は俺の屋敷には来られない事に成ってしまっている。
今からこちらに呼んでも構わないだろうか」
片桐は安堵の微笑を浮かべ、頷いた。
早速、電話室に引き返し、三條の屋敷に電話した。
用件を伝えると、直ぐに来るとの事だったので二人して待つことにした。二人で居る片桐の部屋はとても居心地が良くて、言葉は交わさなくても微笑みだけで幸せな気分に成れた。
三條が来た旨を使用人が知らせて呉れた。片桐は悪戯っぽく微笑して言った。
「華子には知らせず、オレの部屋に来て貰ってくれ」
そう言って、眩しく感じられる笑顔を向けてくれた。
片桐の部屋に三條が入って来た。自分にとってはあの悪夢の日以来に出会う事になる。
親友の三條を忘れて居た訳では全く無いが、自分と片桐の事を優先して考えていたので、彼の事は後回しにしてしまったという後悔の念が湧き上がる。
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