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第199話(最終章)
「それは俺も思って居た。招待状だけお出しして、公爵の御判断に委ねるのが一番だと思う」
「そうだな。招待客は皆若い人間が多いので公爵が出席して下さるかどうかは分からないからな」
他愛の無い話をしながら、お互いの存在だけを感じて居た。今だけは、倫敦への留学への不安も、その前の準備の大変さも全て忘れて、二人だけの世界に浸っていたかった。
こういう静かな触れ合いも良いものだと心の底から思える。
繋いだ手を静かに引き寄せて、彼の手の甲に口付けた。彼は目を閉じてその感触を味わっている様な表情をしていた。彼はおもむろに空いている方の手を唇に這わせた。
これは、彼の接吻をねだる動作だ。
唇を塞ぐと、彼は、唇の表面の感触を確かめた後、唇を弛める。すかさず彼の口腔に侵入すると、彼も待ち構えて居たかの様に舌を重ねて来る。
唇での愛情の交換に夢中になっていた。呼吸が苦しくなって仕方なく唇を未練を持って離す。二人の体液が混ざり合って銀色の糸と成り、常夜灯に照らされる。
息を整えて居ると、片桐も同じ様にしている。その頬がほんのり紅色に染まっているのが暗い夜の中でも分かる。
壮絶に色っぽい表情だった。
綺麗な表情も見て置きたかったが、それ以上の表情も見たくなる。
恍惚とした顔や、忘我の境地に浸って居る顔など、片桐の表情が自然と脳裏に描き出される。
しかし、今はその時で無いと判断して、常夜灯に映し出された彼の顔を凝視していた。
視線を感じたのか、片桐はほんのりと表情を弛めて、こちらを見つめて来る。その表情は、かつて教室の窓から自分を見ていた彼の表情よりももっと奥まった気持ちを感じさせた。
彼は、今日の件でかなり肩の荷が下りた様だった。その上、父上の御容態も憂慮すべき物では無いとの事、更には彼の念願だった英吉利に留学が決まった事に因るものだろうか。
二人して寄り添って居ると、片桐はぽつんと言った。
「色々有ったが、晃彦と……無理だと予想していたにも関わらず……こういう関係に成れた上に、念願だった英吉利にまで晃彦と行けるなどというのは本当に夢の様だ」
そう言って、彼はこめかみに接吻をしてくれた。華奢な指先で頭を掴んで。
自分の髪の毛に彼の指が触れているという、ただそれだけの事が至上の幸せに感じて仕舞う。
目を開けてみれば、彼の顔がすぐ近くに有る。その瞳を覗き込んだ。嬉しそうだったが、眠そうな表情も浮かべている。
断腸の思いで、この幸せな時間を終らせる事を決意した。
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