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第200話(最終章)
そっと彼の指を掴み、指先に口付けをしてから、敢えて事務的な声で言った。
「招待客の名簿を貰って帰る事にする。名残りは尽きないが……こうして居ると朝までずっと一緒に居たくなる」
片桐も夢から覚めた様な顔をして、残念そうに頷いた。
「これからはもっと逢える様になるのだから、今日はこの辺で……オレも疲れた」
笑顔は作ったが、明らかに無理に笑っている様な感じだった。
自分だってもっと片桐とは一緒に居たい。しかし、屋敷を抜け出してきた手前おのずと限度が有る。
「眠れるのか」
一番気に成って居た事を聞く。
「ああ、今日の出来事は目まぐるしかった上に、憧れだった倫敦に行ける、それも晃彦と二人で…。お陰様で先程から実は睡魔が襲ってきそうだった」
「そうか、それは良かった。名簿を取りに部屋に行って良いか。直ぐに退散する」
きっぱり言うと、片桐は頷いて立ち上がった。
「いや、表門を開けておくように指示するから、晃彦は此処で待って居て欲しい。直ぐ戻るから」
そう言って彼は俊敏な動作で東屋を立ち去った。
今日見た、彼の吸引力の有る笑顔は、当分……いや一生かも知れない……脳裏に焼き付いて離れないだろう。彼の笑顔を思い返して居ると存外時間が経ったらしい。
彼が足早に戻って来た。
「これが名簿だ。門まで送る」
本来なら部屋着の彼がその様な事をするのはマナァ違反なのだが、今は一瞬でも良いので一緒に居たかった。
義務感でも有る様な歩き方をする片桐の腕を掴んで引き戻す。そして、お休みの口付けを交わした。と言っても軽いものだったが。
「こういう事をされると、余計離れがたくなるから、部屋には入れたく無かった」
そう呟く片桐の顔が妙にあどけなく見えた。彼は以前よりももっと多彩な表情を見せて呉れる様になったのが喜ばしい。
「逢える機会は、出来るだけ作ろう」
片桐から渡された招待客の名簿を持って東屋を出た。片桐も離れ難い様子で着いて来る。
自分の屋敷には及ばないが、片桐の屋敷も平民から見ると広大な庭が有る。皆が寝静まって居る時間なので、どちらからともなく手を繋いだ。
「ああ、当分は忙しくなるだろうが、オレも逢いたい」
流石に正面の門の前に来ると、片桐は手を放し、立ち止まった。
門には門番が常に居る。片桐は室内着姿だ。こういう寛いだ姿を使用人に見せてはならない事は当然の事だ。
「では、近い内に逢おう」
そう言って別れの挨拶を交わす。片桐は立ち止まったまま、頷いた。
背中に全神経を集中させて、片桐の気配を感じて居た。目立たない様に木の陰から彼も見送って呉れているのが分かる。視線そのものが熱を持っている様な気がした。
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