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第201話(最終章)

 その視線を見て仕舞うと、つい引き返したくなる衝動に駆られる可能性が極めて高いので、敢えて振り向かずに後ろ手で手を振った。  門番は片桐の指示を受けていたのだろう、最敬礼で見送って呉れた。  門を出ると、急いで自分の屋敷に向かう。  見咎められない様に慎重に自室に戻った。  自分の帰邸を待って居て呉れたらしく、――シズさんには、外出する事は言って無かったのだが――部屋の扉を開けると彼女の心配そうな顔が笑顔に変わった。その笑顔を見て自分の外出がシズさん以外の誰にも知られて居ない事を確信した。 「片桐の所に行って来た」  そう報告すると彼女は心底安堵した様に微笑んだ。  自分が留守中に色々な話を聞いていたのだろう。その笑みは大変満足そうだった。 「さて、シズさんは許婚が居るのだろうか」  突然の話題変換にシズさんは面食らった表情をしたが、それも一瞬だけで即答された。 「いえ、私の様な者には殿方は見向きもなさいません。一生、出来ればこの御屋敷で働かせて頂きとう御座います」 「所帯を持つ気持ちはあるのだろうか」  本人の意思を確認しようとそう聞いてみた。 「……出来れば……という気は致しますが、縁談などが舞い込む境遇では御座いませんので……」  確かに、大正の新時代と言っても、没落士族の娘を喜んで貰う家はそうそう無いだろう。 「片桐も心配していた。せめてもの恩返しに、知人のご子息を紹介すると」  彼女は躊躇いがちに言った。 「片桐様にも御心遣いをして頂くのは心苦しいですが……どの様な方でいらっしゃいますか」 「御一新前はとある藩の藩医を代々勤めて来たが、賊軍になって仕舞った為に町医者を営んでいる方のご子息だそうだ。町医者は大変な仕事なので、断っても全く片桐も気にしないだろう」  圧力をかける積りは無かったので、そう言って置いた。 「暫く考えさせて頂いて宜しゅう御座いますか」  そう言って彼女は退出の挨拶をし、部屋を出て行った。  先程、部屋に戻った時に机に置いた招待客の名簿を見た。片桐の几帳面で綺麗な文字で、追加が書き加えられて居た。  その文字に、安らかに彼が眠る事が出来るよう、祈りを込めて口付けた。  机に向かって、片桐が補足してくれた名簿を見た。  今日は色々有りすぎて、眠れそうに無い。名簿には、「自分は余り親しくないが、片桐とは親しい」という同級生も混じって居た。  やはり、御一新からほぼ60年が経っても未だ解消されていないのか……と思う。

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