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第202話(最終章)
全部招待する事に決めた。自分が片桐の意向を尊重したいのは当然の事だが、この送別会で少しでも両者の溝が埋まるので有ればそれに越した事は無い。
扉を遠慮がちに叩く音で眼が覚めた。気がつくと、制服のまま机に突っ伏して寝ていた。
流石に自分も疲れていたのだろうと思った。
扉を開けて貰うのを少し待ってもらい。大急ぎで夜者に着替えた。シズさんなら良いが、謹慎や嫡子変更が正式に解消した今、別の使用人が扉を叩いている可能性も0ではない。
大急ぎで寝台に潜り込むと、自分の合図に応えて入室して来たのはいつも通りシズさんだった。
朝の挨拶をしてから彼女は言った。
「昨日はお休みに成られていないようですね。マサさんからは『これからは晃彦様も食堂でお食事を』と申し付かって参りましたが、こちらにお運び致しましょうか」
シズさんの態度に違和感を覚え、彼女の言うがままに頷いた。
食事をして居る最中、シズさんのもの言いたげな視線を感じた。主人が促さない限り使用人から話しかける事は失礼に値すると知っている者の態度だった。
シズさんが話したいと思う事は昨日自分が言い出した一件に違いないと予想し、努めて快活に聞いてみた。彼女が断っても負担に成らないように。
「昨日の件だが、考えて貰えただろうか。町医者が大変な仕事だとはそれとなく知っている積りだ。だから断っても……」
シズさんは、決意を秘めた視線で言い出した。
「お人柄は片桐様が紹介されても良いと判断された方なので御座いましょう。私も一晩考えましたが、その方と会ってみたく思います」
会えば、断るのが難しいのが今の時代の御見合いだ。それでも会おうと決意したのは片桐を信頼しているのだろう。町医者は、帝大を出て大学病院に入った人間などには務まらない程の激務だと聞いた事がある。夜中の急病人への往診や、薬代もままならない人には薬代は勿論の事、診療費も取らない医師も多いと聞く。一日中勤務体勢で居なくてはならない上に、収入は少ない場合が多いという話だ。
「……花嫁御寮になっても苦労すると……」
言葉を選びながらそう言って見た。
「それは承知の上で御座います。片桐様が信頼されている方であれば……そして、私などでも構わないと仰る方なら沿ってみとう御座います」
彼女の決意は難そうだった。今日にでも、片桐の屋敷に行って先方にその旨を伝えるようにお願いしようと思った。シズさんなら、町医者の妻でも充分過ぎる程に務まるだろう。
学校に行くのは止めにして、片桐の屋敷に電話を掛けた。勿論誰も居ない隙を狙ってだが。
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