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第205話(最終章)

 これでは、送別会どころではないかもしれない……そう思った。 「他に準備すべき事はありますか」  片桐は、流石に留学に憧れていただけの事は有って呆然とする自分と違い、的確に男に質問している。 「いえ、船の倉庫室に積み込む物と、客室に置かれる物の区別だけして頂ければ、後は当方で致します。一週間以内に準備して頂けますと手前どもは助かります」 「分かりました。荷物と言っても書物と衣類位な物ですから、大丈夫だと思います」  片桐はそう言ってこちらに視線を当てた。自分は頷くしかない。 「船室はいつも通り、特等客室をお取りさせて頂きます」 「特等は値段が高いと聞いて居ましたが……」  片桐が遠慮がちに言った。 「私どもの会社では特等しか手配出来ないので御座います。それに畏き辺りからも『そうせよ』と承って居りますもので……。はい……お代金の方もそちらから畏れ多くも戴く事に成っております」  絢子様の事は御名前で御呼び申し上げていた男だ。指示はもっと上、多分皇后陛下から出て居るに違いない。 「そうですか。それでは、宜しくお願い致します」  片桐がそう言うと、男は 「後ほど、社の者が押さえた切符を渡しに参ります」と 出された茶菓に手を付けないまま、深深とお辞儀をして男は帰って行った。 「明彦は一部屋で本当に良いのか」  片桐が聞いて来た。本当に心細い表情をしている。 「俺は大歓迎だ。お前こそ、何か有ったら眠れなくなるのに…・・・、一部屋で良いのか」  真摯な眼差しで問うと、片桐は頬を僅かに上気させて言った。 「晃彦が居る方が良く眠れる……。それに……」   言いさして、下を向いた。  言いたいことは分かったので、彼の細い顎を掴んで上を向かせると、瞳が潤み、目蓋が紅色をしていた。  口付けしようとした瞬間、扉が叩かれた。  慌てて離れると、片桐は早足で扉へ向かった。 「先程の方からの封書で御座います」  そう言う女中の声がした。片桐は封書を受け取り、銀のペーパーナイフで丁寧に封を切った。中身を見た瞬間、あたかも息をする事も忘れたかのごとく硬直している。  その様子を怪訝に思い、片桐の方へ近寄った。 「どうした。読んでも構わないか」  彼の華奢な肩に手を置いて、後ろから聞いた。  片桐は気を取り直した様に彼の肩に掛かって居る手に自分の手を重ねてから振り返った。ただ、未だ表情は硬い……というか、表情の選択に戸惑って居る様な感じだった。  封書を差し出した。かなりの厚さの有る封筒だった。

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