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第206話(最終章)

 その封筒の中身は「御真筆」つまりは、皇后陛下直筆の御手紙だった。普段、陛下は祐筆という文書をお書き申し上げる専用の女官を使って御手紙をお出しに成る。余程親しい人間でないと真筆は戴けない。自分の家ですら、戴いて居ないのが現状だ。但し、戴いた人間は誇らしげに皆に見せるので御筆跡を存じ上げてはいるが……。片桐は社交の場所に出た事がないので、「御親筆」だと分からない筈なのにと訝しげに御手紙を読み申し上げた。  形式通りの挨拶の後「わたくしからの気持ちです」と結んであったので、厚い紙を見た。そこには、横浜・倫敦間の特等船室の切符が入って居た。  一枚だけなのは、自分の屋敷にも同様の物が届けられているのだろうと思ってよくよく拝見すれば、「特別室・寝台は一つ」と書いてあった。  先程の片桐と同じように硬直する。  要するに、陛下は自分達の関係をご存知でいらっしゃるという事だ。  絢子様がお話されたのだろうか……それとも聡明な方なのでお察しなさったのか……。それは分からないが、兎に角、皇后陛下の御知りに成られた事には間違いは無い。 そんな思いで居ると、片桐がぽつんと言った。 「陛下も御存知なのだな。畏れ多くて、動悸がして居る」  その声が何時もの片桐の静かな口調だったので、本当に心臓が早く脈打って居るか知りたく成った。 「俺も心臓はドキドキしているが……お前はそんな風には見えないが」  ほんのりと笑って片桐は言った。 「何なら確かめて見るか」 「是非確かめて見たいが……こんな昼日中に良いのか」  そう言うと、彼はシャツの釦を上から外して行った。初夏の眩しい光の中で、ほっそりとした首筋から露わになる。男子の物としては幾分細い鎖骨が肩にかけて真っ直ぐに浮き出している。第四釦まで外し終わった、片桐は頭を掴んで呉れ、自分の耳を近づけて呉れた。 「本当だな。動悸が早い」  暑い季節になってしまったが、彼と密着するのは全く苦では無くむしろ何時までもそうしたいと思ってしまう。 「船室では一緒の寝台で眠る事になるのだな」  片桐の声が何時もより近い所で聞こえるのも喜びだ。 「ああ、船旅もより一層楽しみだ。心おきなく、色々な事が出来る」  そう言った瞬間、彼の鼓動がもっと早く打つのが聞こえた。

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