206 / 221

第207話(最終章)

 随分と長い間、片桐とはそう云う触れ合いをして居ない。彼が半裸で有る以上はその次の過程に進んでも良いという意思表示にも思えたが、本日中に片付けて置くべき事も有る上に、荷造りの事も急がねば成らない。また三條もこの屋敷に訪れる予定だ。  そう考えると、これ以上触れ合って居ては具合が悪いと判断した。  鎖骨の上に強く口付け、身体を離す。長い間陽光に当っていなかったせいか、片桐の鎖骨の上には紅の痕が残った。 「誠に残念だが、この続きは送別会が終ってからか、英吉利行きの船でする事を許して呉れるか」  真率な表情で訴えると、片桐は仕方無さそうに頷いた。  彼も今はこの様な事をして居るべきでは無い事を重々承知しているのだろう。 「オレ達の関係を皇后陛下までご存知でいらっしゃるのは、むしろ幸いだろうな」 「何故だ」 「妻を娶らなくて、弟の息子に家を継がせるのに差し障りが無い」  そう云えばそうだと思った。今の世の中、皇后陛下の御協力が有れば色々な事に融通が利く。  片桐がシャツをはだけた状態で居たので、指摘した。彼は渋々と云った感じで第二釦まで留めた。 「さて、シズさんの縁談の件なのだが、彼女はお前が推薦するなら沿って見る覚悟はあるそうだ。相手の男性はどんな気性だ」  シズさんには幸せに成って欲しいので突っ込んだ質問をして仕舞う。 「実は、先方に確認した。相手の人にも会って来た。『貧乏暇なしで、お忙しい思いをされるかと思いますがどうか宜しくお伝え下さい』と言って居た。誠実そうだった。直感だがシズさんを幸せにして呉れる様な気がした」  片桐の直感を疑う気持ちは全く無かったが重ねて聞いた。 「幸せにして呉れそうだという根拠は有るのか」 「ああ……雰囲気が晃彦に良く似ていた。晃彦はオレを幸せにしてくれた。だからこの人もきっとそうだろうと思った」  買いかぶりも良いところだと思った。しかし、彼の言葉は単純に嬉しい。 「シズさんもその気が有る様だ。これは彼女の家柄と経歴だ。これを先方に渡して欲しい」  封書を取り出し渡すと、彼は丁寧に受け取り、机に仕舞った。そして引き出しから封書を取り出した。 「これが先方の経歴だ。シズさんに渡して欲しいと預かって来た」 「手間をかけさせたな……必ず渡して、御見合いの日にちを決めよう」  そんな事を話して居ると、使用人が扉を叩き、三條の来訪を告げた。直ぐに入って貰うように片桐が指示をして居る。  快活な笑顔と共に部屋に現れた三條に声を掛けた。 「元気そうだな。華子嬢との御交際は上手く行っているのか」  揶揄っぽい挨拶をすると、すかさず反撃された。 「ああ、すこぶる快調だ。尤も、そちらの御二方の様な関係では無いが」  意味ありげな視線の先は、片桐の鎖骨だった。  片桐も顔を赤くして、襟元を合わせた。  三條は、意味有り気な目つきを改めると、片桐に挨拶した。何しろ未来の義兄に成るのだから無碍には扱えないのだろう。  片桐もまだ少し紅潮して居る頬を弛めて、座るように促した。 「それで、名簿は出来たのか」  三條が聞いた。彼の来訪の目的はそれなのだから、当たり前と言えば当たり前の反応だった。片桐の顔が真顔に成る。送別会は嬉しいが日程的に難しい事が分かっているので、片桐共々、申し訳無い気持ちに成る。

ともだちにシェアしよう!