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第208話(最終章)

「……それが、出発の日にちが早まって仕舞い、本当に開いて貰えるか分からない。お前には申し訳ないが」  そう切り出すと満足そうな笑顔で三條は応えた。 「出港が七月末なのは知って居る」  家族ですら知らないと思われる事を何故彼が知っているのか疑問に思う。 「どうしてそれを」  片桐も驚愕の表情を浮かべて居た。 「お前達の鈍さは感動ものだ。僕達の社会は複雑な人間関係が有る事を、よもや知らない訳では無いだろう。親戚に女官として宮城に出仕して居る人間が沢山居る。その女官からこの世界では有名な話に成って居る事くらい、分からないのか」 「どの様に噂されているのか」 「畏れ多くも皇后陛下お声掛かりの留学を許された両伯爵家の子息が居るという事は有名な噂だ。恐らくは社交界に積極的に出て居る人間は皆知っている。皇后陛下からの御意を得たという事で、お前達の評価は鰻上りだ。陛下も二人をお気に召されたらしいので尚更だ。あの方は贔屓など為さらない聡明な方なのに、今回の特例は異例の事として社交界に響き渡っているのだぞ」  流石に顔の広い三條だけの事は有る。抜け目無く情報を集めているらしかった。 「それで、帝国ホテルの支配人に電話を掛けた。7月28日に送別会の会場と新装した特等の部屋を押さえて呉れるとの返事だった。送別会も社交界の噂に成って居るから人は集まりやすいだろう。そして、28日と29日は二人で泊ると良い」  名簿を見ながら三條は事も無げに言った。 「しかし、特等室の代金は……」  片桐が気にした様に言った。 「それは、未来の兄上様への餞別代りという事で、我が家で支払わせて貰う。勿論、下心は有るので気にしないで欲しい」  三條の言葉に片桐は恐縮した様な微笑を浮かべる。 「華子を娶って貰えるだけでも有り難いのに、その様な事まで甘えさせて貰っても良いのだろうか」 「華子さんとの結婚を許して貰えた本人に、御礼の気持ちを表現するのは当たり前の事なので気にしなくて良い。それと、お前達は出発の準備で忙しいだろうから、送別会の次第などは、僕が決めて良いだろうか」  準備には時間が掛かるので渡りに船の申し出だった。 「片桐はそれで良いな」  彼の顔を見て言うと、一瞬躊躇した様子を見せた。しかしそれが一番良いという事は彼も分かったのだろう、深深と三條に頭を下げ、「宜しく頼む」と言った。 「では、送別会関係は僕の方で手配するから名簿を貰って置く。送別会がどの様なものになるかはその日のお楽しみと言う事で」  そう言って、彼は華子嬢に会う事も無く帰って行った。準備をすると成ると彼も忙しいのだろう。迷惑を掛け続けて来たので、申し訳無い気持ちに成る。 「名残りは惜しいが、俺も準備をしなければ成らないので、今日は帰る事にする」

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