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第210話(最終章)

 シズさんを呼んで、片桐が来る事を伝えた。彼女は慎ましげな微笑を浮かべ、片桐の好意に感謝する旨を言ってから、彼が来た時の為に玄関先に向かった。彼女の事だから門番にも片桐が来た時には丁重に扱う様に指示をするだろうと思った。  準備に追われて少し疲れた体を安楽椅子に沈める。暫く目を瞑っていようと思っていたらうたた寝をして仕舞ったらしい。シズさんの声に我に返った。 「片桐様のお見えで御座います。こちらにお通しして宜しいでしょうか」  この部屋は、二人の仲が露見した部屋だ。その部屋に通して良い物かと躊躇した。 「片桐は何と言って居る」 「今は、重要なお客様をお待たせする待合室でお待ちになっていらっしゃいます。応接室よりも晃彦様のお部屋をお望みです」  この言葉に、彼もあの悪夢の出来事が完全に過去の物に成ったのだろうかと思う。 「では、その様にしてくれないか」 「承りました。ではご案内を」  そう彼女は言って部屋を出て行った。直ぐに片桐がシズさんと共に部屋に入って来た。 「晃彦、久しぶりの様に思える」  彼の笑顔は何の屈託も無く、見ているこちらも幸せにして呉れる笑顔だった。シズさんが、遠慮がちに口を挟む。 「お茶のご用意を致して参ります。片桐様には申し訳御座いませんが、当家の厨房が一部壊れて居りまして、お茶の用意も時間が掛かってしまいます。15分程度でお運び出来ると存じますが」  そんな話は聞いて居ない。シズさんがなるべく二人きりにしたいと思ったからこんな嘘を言ってくれるのだろうと思った。つまりは15分程度、シズさんがこの部屋には来ないと言う事だろう。シズさんが下がってから、彼の元に近付いて細い胴を抱き締めた。そして彼の唇を奪った。そっと目を開けて彼を見ると安堵と恍惚の表情を浮かべて居る。 「逢いたかった」  唇を少し離して囁くと、彼も首に手を回し耳元で囁いた。 「オレも……だ」  唇を挟み込む様に口付けたら、彼の方から唇を弛めた。次第に接吻が深く成って行く。吐息や舌で思いを伝える様に……。  片桐は首に巻きつけた手を離し、外出用のシャツの釦を第三釦まで外した。  以前から彼の鎖骨の上には自分が吸った後が花の様に咲いている。その紅の色が薄くなるのを彼は嫌って居る様だった。  その紅に誘われる様にして鎖骨の上を強く吸引する。片桐は満足そうだった。  その時、シズさんの遠慮がちの扉が叩く音がした。  片桐は急いで釦を留めた。   声を掛けて五分も経った頃だろうか、シズさんが静かに部屋に入って来る。勿論この様に主人を待たせる事を使用人はしない。シズさんは部屋で行われて居る事、それが具体的には分からなかったに違いないが、その現場に踏み込む無礼さを慮っての事に違いない。  片桐は紅色の頬を冷ます為かシズさんから顔を背けて言った。

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