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第212話(最終章)
シズさんも同様だった様で、頬を僅かに上気させて言った。
「私はその日は……お休みの日ではないのですが……」
「いや、構わない。休みを貰える様にマサにでも言って置く」
マサは片桐の件では無表情だったが、自分が次期家長と成る事が正式に決まってから態度が微妙に変化した。自分の命令には黙って従う様に成っている。
しかし、自分には片桐の件での遺恨が有るのでそうそう用事は頼まなかったが。
「で、何時だとの指定なのだ」
「三時には伺えると言って来た。」
「では、シズさん、もし、相手がどうしても嫌なら遠慮無く断って呉れ」
力付けるように言うと、片桐もきっぱりと頷いて彼女に言った。
「シズさんには随分世話に成った。恩返しの積りで世話をしている。シズさんが幸福になって呉れる事だけを願っているので、嫌だと思った時には遠慮無くオレに行って欲しい」
片桐も真剣な声で言う。
「分かりました。水曜日に会いに参ります」
今の世の中では、一回の御見合いで婚約する例が多いと聞いて居る。先方は心配りの出来そうな男性なので是非とも纏まって欲しいと思った。
きっと、片桐も同じ気持ちで居るに違いない。
「片桐、荷物は纏まったか?」
「ああ、もう少しだ……。晃彦は」
「こちらはまだまだだ」
「では、送別会には出席出来そうか」
「ああ、三條がどんな趣向を考えているかは分からないが、今度逢う時は送別会になるかも知れない」
そう言うと、片桐は残念そうに目を伏せた。睫毛の長い事がはっきりと分かる。ただ、片桐も同じ準備で多忙なので、こちらの都合は分かって呉れた様だった。
準備して居る最中は時間の流れが異様に早く感じた。片桐とは会っては居たが、それも短時間だった。
送別会も楽しみだったが、その後の時間がもっと待ち遠しかった。
「光陰矢の如しだな…」
準備に追われ使用人に指図して荷造りをしていても、柱時計に目を遣って仕舞う。今日はシズさんの御見合いの日だった。相手の男性が1人で来るという事なので、シズさんも1人で出掛けて行った。片桐が気にして誰か付けようかと云って来たが、彼女が謝絶したのでそういう事に成った。三時の約束だったので今頃は逢えているだろうかと懸念してしまう。三時半だった。変則的な御見合いだったが……先方が忙しい身の上である事、そして古式床しい御見合いには拘泥していない事から、彼女も普段着と大差ないような身なりで出掛けて行った事は承知している。
シズさんには随分と世話になったので彼女の未来が明るい様になるのを祈らずには居られない。
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