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第213話(最終章)

 随分と彼女の事を気に入って居る様子の先方の態度だったが、実際会ってみて気が変わるかも知れないと少々不安だった。片桐も気にしている様だったが、彼も荷造り等で多忙な筈だった。自分の懸念を彼に云った処で何も変わるわけではないので、シズさんが帰邸するのを待つしか無い。彼女が先方を気に入らなければ、自分が断る積りだった。彼女が縁付く事を望むのなら、出来る限りの助力は惜しまない積りだった。今回のこの話が流れれば、自分も片桐も倫敦へ行ってしまうので協力は物理的に不可能な事は分かって居る。 何とか今回の縁談で決まって欲しい物だと思って居た。  柱時計が五時を告げるのと同じ時にシズさんが屋敷に戻って来た。確かに彼女は使用人では有るが、それ以上に恩人でも有る。気安く尋ねるのは憚られた。自分の方が年下なので尚更だ。  ただ、彼女が部屋に入って来た時の表情を見て安堵した。彼女の顔が満足げだった。これは良い感触ではないかと自然に聞いて見る気に成った。 「どうだったのか聞いても構わないだろうか」  帰邸の挨拶を述べている彼女に声を掛けた。 「はい、わたくしなどには立派過ぎる方だと思いますが…先方様が気に入って下さいましたなら、お話を進めて戴きたく思います。ただ、わたくしで宜しいのかが不安で御座います」  シズさんが慎ましげに言う。  先方の返事は片桐の屋敷に入る手筈なので、彼からの連絡が待ち遠しい。先方が断って来ないのを祈るばかりだ。  若い女中が扉を叩き、「片桐様からお電話で御座います」と知らせて呉れた。自分の事の様に心配に成った。まだ、部屋を下がって無かったシズさんも心配げだ。 「直ぐに行く」  そう言って電話室に急いだ。 「晃彦、良い知らせだ。先方は是非ともこの話を進めて欲しいと言って来た。ただ、シズさんはどう言っているだろうか」  彼も心配らしく、語尾に懸念を感じさせる声だった。先方も彼女の事を気に入って呉れた事に肩の荷が下りる様な気分だった。 「シズさんも先方の事が気に入った様だ。なので、この縁は纏まったのと同じだな」 「…そうか。それは良かった。仲人等は先方で手配するから身一つで来て欲しいとの事だった。しかし、そうも言っては居られない。オレも手伝いたいのだが、物理的に無理だ。晃彦もそうだろう…。なので、華子に頼んだ。華子では心許無い気はするが、あれはあれで、三條家への嫁入り支度を母と行って居る。その経験が役に立つだろう。通常だと数ヶ月で嫁入りだが、出来れば加藤家でも援助して呉れればと……」 「勿論だ。ただの使用人に暇を出すのとは訳が違う。然るべき手当ては支払う様に父に直談判する積りだ」

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