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第215話(最終章)
忙しい中片桐の屋敷を訪ね、つかの間の安楽と、彼の唇と鎖骨に情痕を残す事をして居る内に、三條が準備してくれている送別会の日がやって来た。
失礼の無いように、燕尾服を着用し……これは片桐とも話し合って決めていた……帝国ホテルの玄関を潜る。大谷石の玄関と贅を尽くした散歩道が迎えて呉れた。船便の手荷物だけは自家用車で運んで来たので、それをフロントに預けると、「片桐様からのご伝言です」と手紙を託された。
それには「もし、定刻以前に到着しているならグリルで待つ」としたためて有ったのでそちらに向かう
グリルに向かうと片桐の姿は直ぐに探す事が出来た。皆の視線が失礼にならないように彼に集中していたからだ。
久しぶりに見た、彼の正装姿は禁欲的な雰囲気を放って居る。
その端整に整えられた正装の下に隠された素肌に、自分の痕跡が残っている事など誰も知らない。その事に優越感を味わった。
自分に気付くと、愛しげな視線で出迎えて呉れた。
「呼び立ててしまってすまない。ただ、送別会が始まると二人きりの会話が出来なくなるので、来て貰った。晃彦は家族に出港よりも前にホテルに泊る事をどう説明したのか気に成って」
席に着き、料理を注文した後に片桐が聞いた。
「本当の事は言い辛いので、送別会が三日有る事にした」
「そうか、実はオレもそうだ。家族の者は出港時に見送りに来る事で話は着いた。華子には流石に誤魔化せないので本当の事を話したが」
仏蘭西料理が運ばれて来た。主賓なので、食べる時間が無いかもしれないという危惧の念からだった。片桐も同じ思いだった様で同じ料理を食べて居る。その食欲は以前とは比べ物にならない程、旺盛だった。
彼は今、とても精神が安定している事を確認出来たので彼の為に喜びの気持ちが湧く。
食べ終わると、片桐は時計を見、「そろそろだな」と呟いた。頷いて二階に有る宴会場に移動した。
「加藤君・片桐君の留学を祝う会」と書かれた宴会場に足を運ぶ。
その麗々しい様子に片桐は恐縮したように肩を竦めた。しかも一番大きな宴会場らしい。これだけの人間が果たして集まるのか、ふと不安に思った。
そこに目敏く三條がやって来た。
「御二方のお出ましか。専用の控え室が有るのでそこで待機していて欲しい」
挨拶を済ますと、気になって居た事を聞く。
「こんなに大きな会場に人が集まるのか」
「ああ、鮎川公爵もお出でに成られている。勿論絢子様もな。中は人いきれで暑い位だ」
「そんなに大勢の人がオレ達の為に」
片桐も唖然とした表情で言った。
「ああ、我が三條家の威光のお陰と言いたいが、そうではない。皆がお前達の留学を寿いで集まってくれて居る。ぜいぜい、お礼を言うべきだな」
先に食事を済ませて居て正解だったと思った。
室内には名簿以上の人々が集まって居る様だった。
「会の進行などは任せてくれ。控え室はあちらだ」
そう言い置いて指で指し示すと。慌しそうに立ち去った。
これもまた正装した三條を見送り、バンケットの散歩道とでも表現される意匠を二人して眺めて居た。
「これは、亜米利加人が設計しただけの事は有って、現代的な佇まいだな」
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