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第216話(最終章)
興味深そうに片桐は言った。自分も同じように考えていたので、頷いた。
欧羅巴風の優美な曲線では無く、角ばった意匠が特徴的だ。角度が有ると言っても攻撃的な感じでは無く、見る者に安心感を与える稀有な設計だった。大谷石がふんだんに使われて居るのも大理石を見慣れた自分から見れば新鮮な感じがする。二人して眺めてから、三條が教えて呉れた控え室と思しき部屋に向かう、丁度従業員が通りかかったので確認する。三條の教示だけでは心許無かった。間違って入ってしまうと失礼だ。
「左様で御座います」
従業員は紙片も見ずに即答した。この辺りが帝都のみならず日本一のホテルである事を彷彿とさせる。
控え室は二人がゆったりと過ごせる程度の大きさだった。
「緊張はしていないか」
社交界に度々出ていた自分とは違い、片桐は余りこういう場所には慣れて居ない。以前片桐の屋敷で見た、手の震えなどは出て居ないが内心はどう思っているのかは分からない。
「……実は……緊張している。主賓など初めての事だから」
自分も主賓は初めてだったが、それを言って片桐に余計な精神的負担を掛けさせる積りは無かった。
「緊張しないための御まじないだ」
そう言って、微かに汗ばんでいる掌を自分の掌と合わせた後、彼の唇に触れる。次第に深く成る口付けに、片桐は、左手でネクタイを緩めてシャツの釦を外していく。
鎖骨が見える程にシャツをはだけた。意味して居る事は分かるので紅く染まった其処を強く吸った。片桐が満足そうな吐息を吐いて握り合った掌の力が強く成る。
「失礼致します」
丁重さに溢れた声色だったが、今は状況が悪い。時間稼ぎの意味を持たせて返答する。片桐には早く服装を整えろという視線を送った。
「どなたですか」
「当ホテルの支配人を勤めさせて戴いて居ります島田と申します。ご挨拶に参上致しました」
「申し訳有りませんが少し待って戴けますか」
片桐の様子を見ながら返答する。
「勿論で御座います」
片桐が大丈夫だという視線を送って来たので、待たせるのも気の毒だと思い入室を許可した。
島田支配人はホテルの従業員らしい慇懃かつ親切そうな男だった。
「当ホテルをお使い下さいまして誠に有り難く存じます。バンケットルームは殆どのお客様がお集まりで御座いますのでその件をお知らせに参りました」
片桐と自分を交互に見て暗にバンケット・ルームへと誘う様な台詞だった。
そう言って、少し言葉を選ぶように口を閉ざした後、事務的な口調で言った。
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