216 / 221

第217話(最終章)

 そう言って、少し言葉を選ぶように口を閉ざした後、事務的な口調で言った。 「当ホテルは、お客様に最高のお持て成しをさせて戴きますし、お客様の秘密は何が何でも守らせて戴いて居ります」  わざと片桐の方を見ないで、自分だけに言った。  片桐の方を振り返ると、慌てていたせいなのか、第二釦だけが外れていて鎖骨がくっきりと見えていた。勿論、紅く咲いた情痕もちらっと覗いて居る。  これでは何をしていたのか、島田氏にも分かった筈だ。片桐も不審を感じたらしく自分の身体を見下ろし、幾分頬を紅潮させ、羞恥に満ちたとした顔で釦を留めて居た。自分も動揺していたが、顔には出さずに言った。 「御心遣い感謝します」 「いえいえ、日本、いや東洋一のホテルとしては当たり前の事で御座います。二日間のご滞在が快適なものに成る様に全力で取り組む覚悟で御座いますので、お気づきの際には遠慮なく申しつけ下さい。  片桐が完璧に元の姿に戻った事を確かめると、島田支配人の後に続いて宴会場に入って行った。  まずは、人の多さに圧倒された。名簿の倍以上の着飾った人間が居る。殆どが自分達と同じ年代だったが、もう少し上の人間もかなり混じって居る。  壮麗な石組みの部屋には奥まった席が一つ設けられ、その近くにも同じようなテェブルが有った。  そして、その前の一番目立つ処に大きなテェブルが有った。そこには花が派手に飾られて居る。他のテェブルにも花は有ったが、この二人掛けのテェブルは一際派手だった。今の時期には珍しい薔薇や、西洋蘭が飾られて居る。  どなたがお座りになるのだろうか……と思って居ると、島田支配人は事も無げに言った。 「御二人のお席で御座います」  会場の何処からでも見渡せる事が出来る席に片桐と二人で座れと言う事らしい。  これは三條の余計な……いや、心遣いだろう。  仕方なく席に着くと、何処からとも無くベートーベンの第九が流れた。  音楽までつけたのか……と片桐が小さく呟いた。彼も照れくさそうに着席した。  すると、音楽が変わり、日本の国歌が演奏された。会場も自分達が現れた時と同じ位にざわめく。絢子様がいらっしゃった。自分達に微笑を含んで会釈すると奥まった席に着席なさった。  鮎川公爵が進み出て、「皆さん」と呼びかけた。 「畏れ多くも皇后陛下の御意を得て、留学する二人の為に乾杯の音頭を取らせて戴きます」  その言葉に皆が一斉にグラスを持った。  乾杯の為に立ち上がると、余計に集まって呉れた人達の様子が分かる。皆、正装をして自分達の留学を寿いでくれる様な笑顔だった。  絢子様と鮎川公爵は着席する席が有るが、他は皆席が無く、立食でのスタイルの様だった。  華子嬢と柳原嬢が仲良く同じ位置に居る事は確かめた。会釈を送る。柳原嬢はその会釈に気付いた様で、こちらにはにかんだ笑顔を返して呉れた。彼女は夏らしい花火の模様が描かれた紗の振袖たった。彼女は片桐にご執心なので、肘で突いて片桐の注意を促した。  彼もその合図を分かったのだろう。彼女に笑いかけて居た。彼女は頬を幾分上気させ、片桐の笑顔に応えた。

ともだちにシェアしよう!