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第218話(最終話)

 絢子様の御出席は、招待状を出したものの、期待はしていなかったので嬉しかった。  自分達が主賓と言えども、絢子様や鮎川公爵にはこちらから挨拶しなければ失礼に当たる方達だ。勿論絢子様の方がご身分は上なので、片桐にそっと告げた。 「絢子様と鮎川公爵にご挨拶に行くぞ」 「ああ、オレそうすべきだと思って居た。行こうか」  二人して立ち上がり、絢子様の席に向かった。彼女の今日のお召し物は紅色の洋装だった。和装もお似合いになる美貌でいらっしゃるが、洋装はかの方の魅力を余すところなく引き出している。控えめに開いた洋装にルビーとダイアモンドの首飾りが印象的だった。 「御招待戴いて有り難う」  そう仰って意味有り気に微笑みになる。その笑顔が気になったが、片桐も同じだったらしい。 「ご出席戴きまして有り難う御座います。何か顔にでも付いていますか」  遠まわしに探りを入れている。 「いいえ、片桐様のお顔の事では御座いませんわ。実はわたくし……」  言葉を切って顔を近づける様にと扇子を優雅に動かしに成り合図をなさった。  二人して、顔を近づける。 「わたくしの紹介の人が参りましたでしょう。その時にこう申し付けて置きましたの。『御二人が別々の船室をどうしてもお望みなら知らせる様に』と。御二人の関係に割り込める隙があるのでは無いかと、よもやそんな事は有るまいとは思いましたが……矢張り同室なのですね。御二人の関係には割り込めない事が充分に分かりましたのよ。 ちなみに、二人部屋しか空いて居ないと言うのも方便ですわ」  悪戯っぽくお笑いに成った。 だから、あの時男は書類に何かを書き込んでいたのだとようやく合点する。 「ご要望に沿えず申し訳有りません。でも私は彼と生きていく積りで居りますから」  片桐が真摯な口調で断言してくれた。 「ええ、それは分かって居りますわ。それにまだ公には成って居りませんが、わたくしも縁付く事に成りましたのよ。お相手は良く存じている御方で先先代の帝の親王様です。新たな宮家を創設して、わたくしと釣り合う御縁にするべく、廻りの者が動いて居りますわ。今の世情を考えると幸せな事ですわ。植民地に嫁がされる事も覚悟して居りましたから」  華やかな笑顔を向けられる。 「それは、御目出度いことで御座います。どうかお幸せに御成りに成ることを海の向こうから祈って居ります」  片桐がそう言うと綾子様はふと親身な微笑を浮かべ、 「貴方達も大変な時代に留学成されるのですから、世界の事を良く学んで、…わたくしのような立場の人間がこのような事を申してしまうのは気が引けますが、御二人が末永くお暮らしに成る事を考えてくださいませね」  しみじみとした口調で仰った。 「有り難う御座います」  二人して頭を下げた。

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