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第220話(最終章)

「横浜港には、わたくしも参りたいです」 「鈴子さんもご一緒にお見送りをして下さるなんて、とても嬉しいですわ。是非ご一緒に」  華子嬢は親友と一緒に見送る事が出来て嬉しそうだった。片桐も、笑顔で「光栄です」と答えて居る。  こんな話をしている内にも列は長く成って居た。華子嬢もそれに気付いた様だった。 「では、御二人の英吉利留学、つつがないようにお祈り致して居ります」  柳原嬢と同時に頭を下げた。  次に祝いの言葉を述べる人の顔を見た。同級生ではなく、多分先輩だろう。勿論彼も、黒の燕尾服姿だったが、その服装は板についているとは言い難かった。 「二年先輩の田辺だ。この度は誠に目出度い。祝いと忠告に来た。話が長くなるが、構わないだろうか」  そう言って後ろを振り返った。  主賓としては出来るだけ多くの人と話したかったが、彼の瞳に真剣さが宿っていたので、気に成った。 「はい。この度はご出席有り難う御座います。お話を承ります」  片桐も怪訝そうな顔をして居る。 「俺は帝大で国際経済と国際関係を学んでいる。今の日本は経済的にも行き詰まりを見せている上に、いつ戦争が起るか分からない状態だ。その辺りを倫敦大学で客観的に学んで広い視野を持った上で自分達の進路を決めるべきだ。そういう意味ではお前達は幸運だった。何なら、英吉利に永久に住むという選択肢も有る事を忘れないで欲しい。  お前達が華族の特権を活かして日本に戻って来て学者となるのも良いが、この先、日本経済や政治がどうなるか分からない現状を考えると、日本と同じく貴族制度の有る英吉利に居て研究を進めるのも良いと思う」   心からの忠告の様だった。先程は絢子様も同じような事を仰っていたが、実際学んで居る者の言葉は重みが違う。 「有り難う御座います。その点は倫敦大学で学んで、良く考えます」  片桐も思い当たる節が有るのか深深と頭を下げた。自分は片桐さえ傍に居てくれるので有れば、何処に住んでも構わないし、一時は廃嫡まで覚悟していた身だ。自分の身分に拘泥する気は無い。  理系を選択する考えに変化は無いが、ここまで皆が危惧している世界経済についても学んでみようと思った。経済学は理系の頭も必要とされると聞いた事がある。片桐も幾何などの理系の成績も良いが、どちらかと言うと文系科目が得意なので、自分も片桐の役に立ちそうだ。  そんな事を考えながら会場を見回していると、自分が招待した人間と片桐が招待したがった同級生が睦まじげに歓談しているのが見えた。この送別会が切っ掛けで彼らも心理的な壁が取り払われて呉れる事を切に願った。自分の視線の先を片桐も敏感に感じ取ったのか、同じ光景を見ている様だった。ふと、手の甲に片桐の熱を感じる。さり気無く下を向くと彼の手の甲が自分のそれと重なり合っている。多分これは、自分と同じ考えで同級生の不可視の壁を取り払えた事を喜んでいるからに違いないと思った。  女子部の令嬢と話している同級生も居る。この送別会が切っ掛けで皆が幸せに成れれば良いと思った。  折りしも、音楽が「皇帝円舞曲」に変わり、ダンスを申し込んでいる同級生が多かった。  三條が現れ、耳打ちする。 「主賓の座興としてなら疑われない。一緒に踊って来たらどうだ」  笑顔だったが目は真剣だった。

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