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第221話(最終章)

 三條の突飛な提案に絶句して仕舞う。幾ら何でもこの場所で二人してダンスを踊るのは躊躇せざるを得ない。ちらりと横を見ると片桐も唖然とした顔で居た。ダンスが踊れない訳ではないが――多分片桐もそうだろう――流石に男同士で踊るのは如何なものかと思った。拒絶の気持ちが顔に出たのだろう、三條は、絢子様の席に行って、囁いて居る。絢子様の御目が輝いた。三條を伴って自分達の席に静々とお出でに成られた。 「三條様のご提案、とっても素敵ですわ。わたくしからも御願いしたいですわ」  意味ありげに仰り、片目を瞑られた。そして涼やかな良く通る声を張り上げられた。 「お集まりの皆様、わたくしの座興を主賓が叶えて下さるそうですわ。皆様、拍手でお迎え下さいませね。演奏家の方、もう一度『皇帝円舞曲』をお願い致しますわ」  絢子様に逆らえる人間などこの場所には居ない。  ここは腹を括って踊るしか無さそうだった。自分と片桐では身長差から言っても自分が男性側のステップを踏むのが妥当だろう。片桐も呆然としていたが、主賓の義務だと割り切ったのだろう。一度目を瞑ると大きな声で言った。 「ダンスは不得手ですので、座興には成るかと思います。皆様には楽しんで貰いたいので――下手でもご愛嬌という事でお願いします」  温かな拍手が湧き起こった。仕方が無いので、「踊って戴けますか」と言い、手を差し伸べた。片桐は顔を引き攣らせたまま、「光栄です」とその手を取った。  ダンスが行われて居る中央部までエスコォトして行く。その間にそっと囁いた。 「女性用のステップは踏めるのか」 「した事は無いが……何とかなるだろう……」  今までダンスに興じていた出席者達も主賓に遠慮し、見物に回る様にした様だ。広い空間が出来る。片桐の片手を握り、もう片方の手は彼の細い腰に回す。それを合図にしたかのように楽団が音楽を奏で出す。  初めて女性のステップを踏んだとは思えない片桐のダンスだった。  不自然に成らない様に密着し踊ると、女子部の生徒だろうが溜息や控えめな声援が聞こえた。男性は拍手で応援して呉れている。  片桐の細い腰に手を回して踊って居ると、片桐が耳元で囁く。 「公の場所でこんなにも晃彦と密着出来るとは思って居なかった」  曲が終ると、盛大な拍手だった。どうやら好評だったらしい。  三條が笑顔で皆に報告して居る。 「この会も好評の内にお開きにする事が出来そうです。お集まりの皆様有り難う御座いました。出港は二日後です。二人の留学生活が実り有る事を祈っています」  そう宣言すると、学友達が集まって来て、口々に励ましの言葉を呉れた。この送別会で意気投合したらしい、今までは隔てを持って接して来た学友たちも一緒に来て挨拶をしてくれた。絢子様は「道中つつがなく、そして留学先では御睦み下さいね」と片目を閉じて挨拶しお帰りに成った。

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