3 / 10
act.1 誇らしき友情
おはよぉ、と方々から声をかけられて、おはよ、と返しながら、目的の人物を探してキョロキョロと視線を動かす途中、友人である瀧川 颯真 を見つけて大きく手を振った。
「おはよー颯真! なぁなぁ、稔 知らねぇ?」
「あぁ、おはよ、渉。稔ならさっき見たけど……なんか誰かに用事でゼミ棟行くって」
一限は出るってさ、と付け加えた颯真が、でも、と苦笑いに顔を歪ませる。
「稔、怒ってたよ」
「ふぇ? なんで」
「昨日、代返頼まれてたんだって?」
「あ~……、あ~……いや、オレも悪いと思ってるんだけどな?」
「それは本人に言わなきゃ」
もごもごと言い訳を並べようとしたのに、苦笑いを浮かべたままの颯真が遮るように呟いた正論に、ぶぅ、と唇が尖った。
「てゆーかさ! 颯真も起こしてくれたら良くない!?」
「えっ!? オレ!?」
「だってさぁ? おんなじ教室にいたじゃ~ん! オレも欠席扱いだよ!? 起こしてくれたってさぁ」
「えぇぇ」
昨日、稔に代返を頼まれて意気揚々と臨んだ講義は、講師が電車の遅延に巻き込まれて15分繰り下げて開始になった。──15分だ。寝るに決まっている。同じ教室には颯真や共通の友人である今藤 洋平 の姿があったことも油断を誘ったのだろう。起こしてくれるだろうと信じていたのに、結局目が覚めたのは講師が帰ってしばらくしてからだった。90分丸々寝ていたことになる。
「なんでみんな起こしてくんないんだよぅ」
「いやいやいや! 一番後ろに座るからじゃん! オレ前の方にいたの知ってるでしょ!? 帰ろうと思って出口に向かってたら渉が寝てるんだもん、ビックリしたよ」
「なんで前に座るんだよ、真面目か!」
呆れて笑う颯真にジャレつくように抱きついて、昨日の失態を自分だけのせいではないことにしようとしていたのに
「──責任転嫁すんなドアホ!!」
「ぃでっ!?」
思い切りのいい平手が太ももに落ちてきた。
「あ、稔」
笑いを含んだ颯真の声にあたふたと振り返れば、拳を握りしめて仁王立ちする杉崎 稔がいて、探していたはずなのに隠れたくなった。
「ちょ、タンマタンマ! 待って待って!」
「何がタンマじゃ! おン前ホンマ、素直に謝ったら許したろかな思てたのに! 颯真のせいにすんな!」
「ちがっ、だって!」
「だってもくそもあるか!」
ジリジリと迫ってくる稔に距離を詰められて、オドオドと視線を颯真に泳がせたのに、颯真は両手を上げて我関せずのポーズだ。
「てゆーか! そんなに怒るなら自分で出ろよぉ」
半泣きで正論を叫んだのに、問答無用、とチョップが頭上に落ちてくる。ひらりとかわせば、避けるな、と怒った右足が飛んできた。
「はい、そこまで」
ダメだ食らう、と身構えたところを新たな人影に遮られて恐る恐る顔をあげたら、稔の足を止めてくれた命の恩人が呆れた表情で立っていた。
「今藤~!」
うわぁん、と今藤にすがり付いたのに、ぺいっ、と投げ捨てられて地面に膝を着く。
「ちょっ、なんで投げたの今!」
「うるせ。お前ら暴れ過ぎなんだよ。瀧川も止めろって」
「だっていつものことじゃん」
「瀧川って時々めちゃくちゃドライだよな」
乾いた笑いを浮かべた後で、ハタと我に帰った今藤が腕の時計に目をやって、やべっ、とぼやく。
「早く行くぞ。一限間に合わねぇ」
「ちょっ、待って」
ダッシュで遠ざかろうとする3人の姿に慌てる。転がされたせいで汚れたズボンをパタパタ叩いていたら、
「はよせぇ、オレまで遅れる」
中途半端な距離で立ち止まった稔が不貞腐れたような顔をしている。──この顔は照れ臭い表情 だと分かるくらいには付き合いも長くなった。
「今行くっ」
向こうの方でこっちを振り返っている颯真と今藤も、早く早くと手を振っている。なんだかんだでイイ奴らだ。
ニマニマと顔が緩むのを感じながら、みんなのいる方向へ駆け出した。
***
大学入学初日のガイダンスで近くに座っていたのが縁で、四人でつるむようになった。
やたらとイケメンでとんでもなくモテる割には彼女と全然長続きしない颯真。男女問わず満遍なく仲が良くて先輩後輩にも顔が広い今藤。ちょっとキツい感じがする切れ長の目にほんのり茶髪でチャラそうに見えるから、どちらかと言うとヤンチャな感じの女の子達によくモテてる稔。そうして、モテない訳じゃないのになんでだか友達以上に発展できない残念な童貞のオレ。──四人集まるとなんだかんだ女子に注目を浴びたりして、結構華やかな部類に入ると思う。
この華やかさに乗じて、大学生活でとにかく脱童貞、と決めた入学式の日から、結局丸2年経ってしまった。
大学生活3年目で未だに友達以上になった女子さえいない。やっぱりこの165㎝の身長と未だに中学生に間違われるような童顔がダメなのだろうか。
はぁぁ、と溜め息を吐きながら昼食に頼んだカレーをつつく。
「どしたの、渉」
「ん~……別にぃ~」
せっかく声をかけてくれたのに申し訳ないがイケメンの颯真には絶対分かりっこない悩みだし、ことあるごとに女子をお持ち帰りしているらしい稔に話せばからかわれるに決まっている。今藤はその点、からかわないからマシだけど、そのかわりに慰めてもくれない。
(ちぇっ……なんだよぉ)
勝手に不貞腐れてグリグリとカレールーに穴を開けていれば、
「こら、ちゃんと食え。食いもん粗末にすんな」
こちん、と稔に軽く殴られて、分かってるよ、と口を尖らせる。
しばらく黙々とカレーを食べていたものの、結局はまた大きな溜め息が漏れてしまった。
「は~……なんでオレ、モテないんだろ………」
「イキナリなんだそりゃ。誰かにフラれたか?」
面白そうな顔して笑った今藤を、そんなんじゃねぇよ、と不貞腐れて睨み付けても蛙の面に水だ。
「……でもさぁ、渉って結構女子から可愛がられてない? なんか、可愛い紳士って言われてるの聞いたことあるよ」
「ふぇっ!? 何それ?」
「ん~……なんか、絶対何 にもしてこないって。紳士だよねぇって言ってた」
「……ナニソレ……」
誉められてねぇよなそれ、とカレーに顔を突っ込みそうなほど落ち込んでいたら、向かい側から追い討ちが来た。
「あぁ、オレも聞いたことある。可愛いよねぇ、ドーテーなんじゃな~い、って」
わざとらしく女子の声真似する今藤はちっとも可愛くなくて、朝に稔から助けてもらった恩も忘れて脛を蹴りあげる。
「イッ、て……おま……脛……っ」
ぐぉ、と悶絶するのを見て、良い気味だ、と多少溜飲を下げたところでチロリと稔の方を見てみる。
「……お前も、なんか聞いてる……?」
「ん~……あぁ……確かに可愛い可愛い言われとるし、童貞説も山のように出とるぞ」
「……」
「否定は出来んて言うといたったで」
「こンにゃろ!」
ニヤリと意地悪く笑った稔に掴みかかろうとしたのに、飯食えアホ、とデコピンを飛ばされて渋々引き下がる。
「ちくしょう……なんでオレだけモテないんだよぉ」
「モテてない訳じゃないと思うけどなぁ? 友達は多いじゃん、渉」
「友達としてはイイやつなんだけどぉ、それ以上に思えないんだよねぇ。だって可愛いんだもん」
「…………今藤気持ち悪い」
「うるせっ」
せっかく完全再現してやったのに、とプンスカ怒る今藤を無視して溜め息をもう1つ。
「あ~……颯真までとは言わねぇからさぁ。せめて稔くらいの顔が良かったなぁ……」
「なんやねんオレくらい て。シツレーなやっちゃな」
「だってそうじゃん。颯真みたいに誰がどう見てもイケメンなんて我が儘言わないからさぁ。稔は普通に年相応な男って感じの顔じゃん? 目だって切れ長でなんつーか、イイ男感あるし? しかも背だって高いし。今藤も年相応じゃん。オレなんて、こないだまた中学生に間違われたしさぁ……身長のせいかなぁ……」
あぁあ~、と完全に不貞腐れてボヤいたのに、颯真は完全に苦笑いだし、今藤は扱い酷くね? と若干ご立腹の様子だ。稔はといえば、ふむ、と自分の顎に手を添えて満更でもない顔でニヤついている。
嫌な予感がしたものの、ドヤ顔めいた表情が癪で唇を尖らせたまま顎をしゃくる。
「……なんだよ」
「なんやなんや、お前なんだかんだ言うてオレのことえぇ男やと思ってたんか」
「んなっ!? 違っ!!」
えぇねんえぇねん分かっとぉで、とニヤニヤ笑ったまま肩を叩かれて、今度こそ本気で掴みかかろうとしたのに
「──あぁ、でも、たぶん一番の理由は稔だと思うけどな」
「あぁ? オレぇ?」
「なんで」
ふと何かを思い出した表情になった今藤の方を振り向いたら、いや、と一瞬歯切れ悪く躊躇って「オレが言ってる訳じゃねぇからな」と念を押されたあと。
「渉ってさぁ、稔のこと大好きだもんねぇ。そうそう、稔もさぁ渉のこと大好きだよねぇ。間割って入るとか無理だよねぇ」
さっきよりも遠慮がちながらに、女子の声真似をした今藤のその台詞にあんぐりと口が開く。
「なに、それ……」
「だから、オレが言ってる訳じゃねぇってば」
「……それでか」
「何納得してんだよお前ぇぇっ」
「アホ、誤解すんな。時々、声かけた女子に言われとったんや。『えぇ~、渉に悪いよぉ』やて。なんのこっちゃサッパリ分からんかったんやけど、そういうことか」
なるほどなぁ、と顎を撫でた稔が真面目な顔してこっちを向いた。
「な、なに……」
「すまん。お前が可愛いのは認めるけど、オレは女の子が好きや。悪いな」
「うるっせぇ! オレだって女の子が好きに決まってんだろ」
「いっ、たッ、……おまっ、加減せぇよッ」
叫ぶと同時に稔の頭をベシンと叩き落としたら、
「ふふ、相変わらず仲良しだねぇ」
場にそぐわない軽やかで華やかな笑い声が聞こえてきて視線を向けた。
「……なんやエミ、どないしてん」
おー痛、と頭を擦りながら稔が声をかけたのは、同じ学年で同じ学部の藤宮 恵美璃 だった。学年どころか大学内で一番と言ってもいいくらいに可愛い恵美璃が稔と仲良くしているのは、なんとなく似合うような似合わないような美女と野獣はさすがに稔が可哀想だしでも認めたくないし──要するに嫉妬してしまうくらいには、似合っている。
「ん……ちょっとね。今日、稔空いてるかなぁって」
にこ、と笑う恵美璃が可愛くてぽーっとみとれていたら、
「あぁ……。まぁ空いとる、」
「ちょっ、稔! 今日オレと飯食う約束ッ」
「ばか、空気読めって」
「いでっ」
今藤に軽く頭を叩かれて涙目で唇を尖らせるしかない。
「あ、そうなの? ごめん、じゃあ今度でいいよ」
「……そうか?」
うん、と何もなかったかのように笑って去ろうとした恵美璃の袖をそっと引いた。
「いやいや、待って待って! じゃあさ、一緒に食えばいいじゃん!」
「は? お前何言うて……」
「だからぁ、エミもさ、一緒に食えばいいじゃんって」
「……」
「……渉、たぶんそれ、お邪魔虫ってやつ……かな」
その場に一瞬の沈黙が落ちた後、苦笑いした颯真がオズオズと呟き、今藤がうんうんと頷くのを見て、あれ? と首を傾げる。
「だって飯は大勢で食った方が旨いじゃん」
「いやまぁ、それはそうなんだけど……」
「お前は今日は遠慮してやれよ」
「だってオレの晩飯……」
何食えばいいんだよ、と呟いたら、はぁぁぁ、と大きなため息が聞こえた後で稔にわしわしと頭を撫でられた。
「お前の今日の晩飯はお好み焼きの予定やったからサクッと作ったるし、持って帰って食え」
「えぇぇぇ~……一人で食っても旨くねぇじゃん~」
「作ってもぉといて旨くないって何様じゃお前は」
「だからぁ、稔のお好み焼きはオレ史上最高に旨いけど、一人で食っても旨くないって言ってんの」
「……」
「だからさ! 三人で食えばいいじゃん! 大丈夫、食ったらすぐ帰る! 邪魔しないから! な!」
ニカッと笑って見せたら、稔が盛大な溜め息を吐いた。
「お前はホンマに言い出したら聞かんやっちゃな……。どないする? 嫌やったら嫌て言えよ。こいつ本気やし、なんやったら今からどっか行こか?」
「……じゃあ、食べよっかな、一緒に」
稔としばらく見つめ合った後にそう言って恵美璃が笑う。
「やった!! マジでさ、ホントに、こいつのお好み焼きめちゃくちゃ旨いから! なんなら颯真と今藤も来たらいいじゃん? お好みパーティーしようぜ」
「いや、渉……それはさすがに……」
「お前はもうちょい気ィ遣え! そんなんだからいつまで経ってもど──」
「るっせぇ! 今はその話はいいんだっつの!」
童貞なんだよ、と続けようとしたに違いない今藤の口を塞いで睨み付けていたら、あはは、とまた華やかな笑い声が響く。
「ほんっと仲良いよね、四人。パーティー楽しそうだし、出来たらしたいかも」
「いやいや、エミ。ホント気ィ遣わないでいいから。ただでさえ渉だけでも邪魔だろにオレらまでとか」
なぁ? と颯真に話しかけた今藤に頷いた颯真が実にスマートに笑う。
「渉。今日はオレらと飯食お」
「え~……お好み焼き……」
「お好み焼きでもなんでも付き合うから。な? 悪いこと言わないから、ホントに邪魔しちゃダメ」
「あたしは別にいいのに……」
「良くないって。みんなでワイワイはいつでも出来るんだし、二人の時間もちゃんと大事にしなきゃね」
「さっすがイケメンは言うことが違うよな。渉、見習え」
「るっせぇよ……ちぇっ。お前らパーティーしなかったこと、絶対後悔するかんな。稔のお好み焼き、めちゃくちゃ旨いんだからな」
不貞腐れて椅子に座り直す。
「お前はホンマに……拗ねるな子供か」
わし、と頭をかいぐられてそっぽ向きながら、でもまぁ確かに飯食いながら稔と恵美璃がイチャイチャしてても気まずいか、なんて思い直す。
「……なぁでもさぁ。今度ホント、みんなでお好み焼きパーティーしような。……エミもさ、良かったら一緒に」
「うん。今日はなんかごめんね。今度お好み焼きパーティーする時絶対誘ってね。……じゃあ、稔、また後で」
「お~……」
バイバイ、と手を振って去っていく後ろ姿を見送って、冷めてしまったカレーを見下ろす。
「あぁあ~……いいなぁ、彼女。オレも欲しい……」
ともだちにシェアしよう!