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act.4 僕らの秘密

「ねぇ、ちょっと……」 「……なんや急に」 「いいから」 「ちょっ?」  次の講義に備えて後方の席を確保してボーッとしていた時のこと。何やら怒りに満ちた表情のエミが目の前に現れたかと思ったら、強引に腕を引かれて廊下に連れ出された。  いつものメンバーとは一緒にならない講義で、自分で真面目に出るしかないから早く戻りたいのだと不満を現して頭を掻く。 「なんやねん。(はよ)してくれよ」 「あんた最近手当たり次第過ぎでしょ」 「……」 「あたしの友達に手ぇ出したって、あんた気付いてる?」 「……知らん」  一夜限りの相手の素性なんて気にする訳がない。そんな気持ちでぶった切ったら、怒りを通り越して呆れに変わった目でエミに睨み付けられた。 「──勘違いしてたわよ。面倒なことになる前にちゃんとしとかないと痛い目に遭うから」 「……」 「あんたリップサービス上手すぎる自覚ないでしょ。あんな恋愛偏差値の低い子にまでテクニック使ってどうすんの」 「……しゃあないやんけ」  寝ている渉にキスしそうになった一件以来、渉と食事をする日は必ず女の子に声をかけるようになった。食事が終わる頃に呼びつけて、渉を強制的に帰らせるためだ。  そうでもしない限り渉はダラダラと居座り続けるのだ。それだけならまだしも、寝ないのかよ? と首を傾げた渉が、じゃあオレも起きてる、などと言い出して酒盛りにでも発展したら最悪だ。  さすがに女の子が家を訪ねて来れば、渉も素直に帰ってくれる。持て余した欲求も解消出来て一石二鳥だ。 「……ねぇ。悪いこと言わないからさ、ホント……もうちょっと考えなよ。せめて学校で漁るのやめるとかさ。刺されても知らないよ?」 「……せやな。さすがに刺されたら痛そうやし。……勘違いしてんのは誰さんや」 「大河(おおかわ)沙紀(さき)って子。……あんたのこと元々好きだったみたい」 「……そうか……」  そしたらな、と適当に手を振って教室に戻ろうとしたのに、服の裾を掴まれて疑うような目で睨みつけられた。 「……ねぇちょっと」 「なんや。まだなんかあんのか」 「沙紀のこと、都合のいい女扱いしたら許さないからね」  怒りと──心配に満ちた目に見つめられて、溜め息をひとつ。服の裾を掴んでいたエミの手をそっと外させる。 「…………うるさい、分かっとぉわ」 「ちょっ……、ホントに許さないからね!!」  ***** 「…………なぁ稔」 「なんや」 「最近さぁ……なんか……なんつーか……怒ってる?」 「はぁ? なんでや」 「いや、なんか……その……女の子。……毎回違うし、オレのこと帰らせたがるし……もしかして、一緒に飯食うの嫌になったのかなって……」  出してやった食事に手もつけずに俯いたままモゴモゴと呟いた渉が、そっと顔を上げる。泣き出しそうな、まるで迷子の子供のように揺れた目と、視線がまともにぶつかって心も体も揺れた。 (だからなんでお前は……ッ)  無防備に人を煽ってくれるのだと、箸を折る勢いで握り締めながらゆっくり深呼吸する。 「……嫌と違う……」 「だったらその……なんで……」  お前が好きだからだよと、叫んでしまえたら楽になるのだろうか。  持て余す想いは爆発寸前で、エミの立てた言葉(フラグ)は踏むタイプじゃなくて時限性だったのかもしれないと途方に暮れるしかない。慎重に()けていれば()けられると思っていたのに、あんまりだ。 「別になんでもない。……女の子が毎回違うのはまぁ……オレがだらしないだけや。お前は真似すんなよ」 「オレがそういうこと出来ねぇと思って言ってんなお前」  ムッとした表情になりながらもまだどこか不安そうな目をしている渉から微妙に視線を逸らして、口から出るに任せて適当な言い訳を紡ぐ。 「……なんやほら……あるやろ。むしゃくしゃしたらヤリたなること。それや」 「……だから。むしゃくしゃしてるのって、……オレのせいか? って……」 「……ちゃう。……から安心せぇ」  視線を逸らしたままぶっきらぼうに呟いて、味もわからないままご飯を掻き込む。 「……じゃあ……また来ていいんだよな?」 「…………えぇよ」 「泊まってっても?」 「…………あぁもう、えぇよ好きにせぇ」 「……っ、やっぱ怒ってんじゃ~ん」 「怒ってへん。呆れてんねん」  お前にとっては多分ここが一番危険な場所やぞと、いっそ言ってしまった方がお互いのためなのだろうか。  なんだよ、と不貞腐れて尖った唇に噛み付いてやりたいと思っているなんて、想像すらしていないに決まっている。半泣き顔のままもそもそと食事に手を付けて、「くそ、美味(うめ)ぇ」と悔しそうに呟く可愛さに、奥歯が砕けそうになるほど強く噛み締めて色んなものを堪えているなんて。 (思てぇへんくせに……)  甘えるだけ甘えて、それ以上の可能性なんてこれっぽっちも見せてくれないくせに。  くそ、と呟きたいのはこっちの方だ。  いつもなら賑やかに過ぎるはずの時間がやけに重くて、やけに長い。  わしわしと残りのご飯とおかずを掻き込んで、ろくに味わいもせずに食べ終える。 「……(はよ)食えよ。……また、今日も来るから……」 「っ……やっぱり……もう、来ない方がいいのか……?」 「……だっから……!」  無防備にそういう顔すんな、と胸ぐらを掴んで怒鳴り付けたくなるけれど。  ピンポンとインターホンが鳴って、二人してビクリと肩を揺らした。 「…………来たみたいやわ」 「…………食う。ちょっと待って」  ふいっと力なく顔を逸らして同じようにわしわしと残りを掻き込んだ渉が、置いてあったお茶で何もかもを飲み込んだ後、 「…………また来ても……ホントにいいんだよな?」 「……えぇて言うとる」 「……明後日」 「……分かっとる。……何がえぇんや。詫びも兼ねて好きなもん作ったる」 「……考えとく」 「明日中やぞ」  顔を会わせないまま会話を終えたら、部屋の隅に投げてあった鞄を掴んで渉が家を出ていく。  すれ違いで入ってきたのは 「…………あぁ? なんでお前……」 「いい加減にしなよって言ったでしょ。沙紀を都合のいい女にしないでって」 「……」  怒りに満ちた表情のエミだった。  正座よ正座! 当然でしょ!  そんな風に始まったエミのお説教は、そろそろ20分以上になる。エミはクッションの上に同じように正座だが、苦痛の表情は見えない。こっちはフローリングに直に正座なだけあって、そろそろ足が限界だ。 「ホントに付き合うつもりだったなんて、信じられる訳ないじゃない。まだ渉のこと好きなくせに」 「……忘れるために女子と付き合う的な想像してくれてもえぇやろ」 「バカじゃないの。あんたはそういうこと出来るタイプじゃないわよ」  チューハイを勢いよく飲み干して、カンッと音を立てて缶をテーブルに戻したエミにジロリと睨み付けられる。 「だいたいね。あんたはホントに口先だけで女の子コロッと騙せるくせに、表情が伴ってないのよ! 沙紀だってそこは気付いてたわよ」 「……」 「沙紀はあんたのこと好きだから、まぁそれでもいいかって思ったみたいだけど」 「……ほんなら別に……」 「良い訳ないでしょ! あんたどうせ夜に呼びつけることしか考えてないくせに!」 「……」  悪酔いするタチだったのかとゲンナリしながら、エミのお説教を正座のまま聞く。  クドクドと説教が続く中で、エミの服装に気がついた。 「……お前」 「何よ」 「……いや……カーディガン着とるとは言え、ノースリーブ……」 「あぁ、気がついた? もう新しい傷はないし。古いのも目立たなくなってきたから。たまにはね」 「…………幸せなんやな」 「なぁに、しみじみ言っちゃって」  いや、と呟いて痺れた足を崩す。エミはちらりとこっちを見たものの、それ以上説教するつもりもないのか、それともこのままのろけ話にでも突入するつもりか、何も言わずに新しい缶を開けた。 「……まぁもしかしたら、またやっちゃうこともあるかもしれないけどね……少なくとも今は大丈夫」 「そうか……良かったな」 「ありがと。……あんたは、いつまで我慢出来そうなの」 「なんじゃその聞き方……」 「間違ってないでしょ」  にこりとも笑わずに呟いて肩を竦めたエミが、はい、と開けたばかりの缶チューハイを手渡してくる。  無言で受け取って口をつけたら、自棄気味に煽った。 「ちょっ……」 「──もう限界なんかとっくに過ぎとぉ」  一缶飲み干す勢いで傾けたのに、結局途中で息が続かなくなってテーブルに缶を戻しながら呟く。今日の酒はやけに苦い。 「……ちょっと、飲み過ぎないでよ?」 「心配すんな。お前とはもうヤらん」 「……なんで、あたしとは(、、)なのよ」 「お前えぇヤツおるんやろ。そういうヤツとはせん。面倒なことは御免や。つーかなぁ、アイツのおかげで酒にはめっちゃ強なったわ」  ヤケクソ気味に笑ったら、あんたが一番面倒臭いわ、と呆れたような憐れむような声でエミが呟いた。 「……くそ……頭痛い……」 「飲み過ぎよ。あたし先行くからね」  翌朝目が覚めたら、特大の頭痛に見舞われた。どれだけ酒に強くなっても二日酔いの地獄からは逃れられないのだろうか。  以前よりも柔らかくなったメイクを終えてエミが出ていく。ドアの開け閉めする音さえ不愉快で、このまま二度寝に突入してやろうかと思ったものの、顔を会わせないまま出ていった渉のことも気になる。  どうにか身支度を整えたら、重たい体を引きずるようにして家を出た。  *** 「おはよう、稔」 「……ぁあ? あ~……おはようさん」 「なに、二日酔い?」 「あ~……うん。ちょっとな」  講義室の後方右隅に席を確保して机に突っ伏していたら、前の席に座ったらしい颯真の声が上から落ちてくる。気遣ってくれたらしい小さめの声だったけれど、それさえもうるさく頭に響いた。 「渉となんかあったの?」 「……なんで」  なんでオレの周りはみんなこう察しが良いのに、当の本人だけは鈍感なんだと、二日酔いではない痛みでズキズキする頭をグリグリと揉みほぐす。 「……渉から昨日連絡あって」 「あぁ?」 「やっぱり稔、エミとデキてる! って大騒ぎしてた」 「……あぁ……そういう……」  昨日、帰り際にすれ違ったせいだろう。とはいえエミは家に迎え入れた瞬間から既に怒りのオーラを纏っていたのだし、友好的な関係だと勘違いしたところがまた鈍感だ。 「……エミは忠告しにきただけや」 「忠告って?」 「……派手に遊びすぎやってな」 「あぁ……なるほどね。最近確かに手当たり次第って感じだったよね、稔。……渉と二人でご飯、キツイんじゃないの?」 「…………どういう意味や……」  さらりと爆弾発言されて、ぎこちなく首を(めぐ)らせる。オロオロするなよと言い聞かせて颯真を見つめたはずなのに、真っ直ぐな目にひたと見据え返されたら居たたまれなくなってしまった。 「好きでしょ、渉のこと」 「っ、んで……」  あっけらかんと指摘されて呆然とするしかない。  いや、とにかく早く何かを取り繕わなければ。何を? どうやって? どうしてでも──意地でもだ。 「あほ。何言うてんねん。オレは女の子が好きやし、お前かってさっき、手当たり次第て言うてたやんけ」 「……稔」 「だいたいな、いくらちょっとちっこくて可愛いっぽい顔してようが男やぞ」 「──稔」  言い募ろうとしたのに静かな声に遮られたら、言葉が詰まって出なくなった。  もっとだ。もっと、早く、違うって否定しないと。 「いいから。心配しなくても言い触らしたりしないし、からかったりしないから」 「だから違、」 「オレも一緒だから」 「う、って……?」  違うって言ってるやろと、怒鳴って何もかもを蹴散らして部屋を飛び出そうとしたのに。  ぐっとオレの肩を押さえて立ち上がれなくした颯真が見せてきたスマホに表示されていたのは、気持ち良さそうにスヤスヤと眠る誰かを隠し撮りしたらしい写真だった。 「は……? だれ、これ」  まじまじと見ようとしたオレの目の前から、サッとスマホが姿を消す。 「可愛いでしょ、オレの恋人。あんま見ないでね、減るから。あと、手ぇ出したら承知しないよ」  にこりと笑う颯真にあんぐりと口が開く。ほとんど一瞬しか見えなかったけれど、なんとなく分かる。あれはたぶん、男だった。 「なに……? ……え? だって……お前も大概女の子とっかえひっかえ……」 「人聞きの悪い言い方しないでよ。とっかえひっかえなんかしてないから」  全部オレがフラれてたんだよ、としかめ面する颯真が、スマホのディスプレイを見つめてふにゃりと笑う。見たことのないその笑顔はやけに幸せそうで、二の句も継げずに颯真を見つめるしかない。 「……オレもねぇ、別に男が好きな訳じゃないよ。稔とどうこうなるとか考えたことないし、渉に何かしたいとも思わないしね。……特別だったんだよ、司だけが」  照れ臭そうに笑った颯真が大事そうに呟いたのは、以前に聞いたことがある名前だった。 「……なんで、そんな話……」 「切羽詰まってる感じだったから」 「……」 「後、こないだのお礼っていうか……みんなに迷惑かけたけど、背中押してもらって上手くいったからね」 「……そうか」  上手く行くパターンもあるのかと拍子抜けしたのは事実だ。とはいえ、だったら自分も上手く行くかもなんてそんな勘違いはしないけれど。 「オレはたまたま上手くいってるパターンだと思うからさ。そんなに切羽詰まってるなら、ちょっと距離置いたりしてもいいんじゃない? って思って。渉スキンシップ多いし、結構キツイでしょ」 「……そうやねんけどな……距離置こうとしたら置こうとしたで……アイツ、泣きそうな顔すんねんよなぁ……」 「あぁ……惚れた弱みってやつだね」 「……くそ。あんな鈍感童貞になんでオレが振り回されなアカンねん……」  頭をぐしゃぐしゃと乱しながらぼやけば、稔って意外と尽くすタイプなんだね、とからかう声が返ってくる。 「……じゃなきゃ晩ごはんせっせと作んないよね」 「…………明日さぁ、暇か?」  何か思い当たる節でもあるのか、ほんの少し照れ臭そうに笑った颯真を見ながら、すがるような声が出てしまった。 「明日? まぁ、うん大丈夫だよ」 「一緒に飯食うてくれへんか? ……あぁ、ほら、こないだ渉が言うとったお好み焼きパーティーとか……」 「なに、気まずいの?」 「気まずい」  苦虫を噛み潰しながら呟けば、颯真が面白そうに笑う。 「そんなに素直な稔、初めてみたかも」 「うるさい、放っとけ」 「ごめんごめん。……今藤にも声かけとこうか」 「…………頼む」 「オッケー。……渉には? 自分で言う?」 「………………頼んだ」 「りょーかい」  笑いを含んだ声で頷いた颯真に肩をポンと叩かれた。 「ホントにさ……奇跡だと思ってるよ。……今も一緒にいられるのはさ、みんなのおかげだと思ってる。……だからさ……なんかあったら相談してよ、いつでも」 「……奇跡、か……」  オレにも起きる日は来るんかな、とまるで期待もせずに胸の内で呟いて溜め息交じりに笑うしかなかった。  ***** 「ぇ? お好み焼きパーティー?」 「そう。さっき稔と会ってさ、明日やらないかって」 「明日……」 「……やだ?」 「やじゃないけど…………アイツやっぱり、オレと二人で飯食うのヤなのかな……」  しょんぼりと肩を落として呟いたら、颯真はなんだか驚いているような呆れているような複雑な顔して首を傾げた。 「なんでそんなこと?」 「昨日も電話で言ったじゃん。……なんか最近、オレと飯食う時、絶対女の子が来るって。……ホントはオレと飯食いたくないんじゃないかなぁって……」  こりゃ辛いわ、とかなんとかモゴモゴ呟いた颯真は、苦笑いしながらオレの頭をわしゃわしゃと撫でてくる。 「そんな泣きそうな顔しないでよ」 「だってさぁ? 飯食おって誘ったのオレからだし……アイツは流されただけってゆーか、断れなかったんじゃないかなって。……アイツさぁ、あんな見た目のくせにめちゃくちゃ優しくていいヤツじゃん? 今もさ、嫌って言えなくて困ってるんじゃないかなって……」 「わーっ、ちょっ……泣くなよ~」 「だってぇ……」  自分でも情けないとは思うけれど、親友だとさえ思っていた相手になんとなく距離を置こうとされた事実は胸に痛い。  友達になろうぜ、なんてこっ()ずかしいことを言い合ったことは勿論ないけれど、大切な親友だと思っていたのに。  向こうはそんな風には思っていなくて、むしろ迷惑がっていたんだとしたら、申し訳ないやら恥ずかしいやら悲しいやら悔しいやらで頭も心もパンパンだ。 「それにさぁ……なんで颯真が言いにきたわけ? アイツ、オレと直接話すのもヤなのかなぁ……」 「ちがちがっ! 違くて! 稔、今日二日酔いキツそうでさ、さっきも死にそうな顔して座ってたし。……でも渉の顔見たくて出てきたんだって」 「……ホント?」 「ホントホント」  だから泣くなよぉ、と焦った声で慰められてごしごしと目元を拭いた。 「……稔のお好み焼き……」 「うん?」 「めっちゃ美味いから」 「うん、こないだも言ってたね」 「食ってビックリしろよ」 「……うん、分かった」  優しい顔して笑った颯真に、ぽふっと優しく頭を撫でられて、やめろよ、と照れ隠しで振り払いながら、頭をもたげようとした不安の芽を踏みつけて見ないフリをした。  ***  大丈夫かな。ホントに嫌がられてないのかな。  そんな風に不安になりながら稔の家を訪ねたのに、颯真に出迎えられて肩を落とした。 「今、稔は手が離せないから」 「? ……あ、いい匂いする」 「焼くの時間かかるからって、先に焼き始めてたんだ」  大丈夫だよ、と笑った颯真に背中を押されて、リビングに恐る恐る足を踏み入れる。 「……うわぁ、すっげぇ……!」 「えぇから(はよ)座れ。みんなお前待ちやったんやぞ」 「……悪かったって」  ホットプレートとたこ焼き器が置かれてお皿は足元なのが一人暮らし用のテーブルの悲しいところだが。  ホットプレートにもたこ焼き器にも既にタネが乗せられて、ジュウジュウと美味しそうな音を立てていた。鞄をそこら辺に投げ捨てて、いそいそと座りながら 「オレもくるってやりたい!」 「いいけど、失敗すんなよ?」  絶賛くるっと中だった今藤から先の尖った棒を受け取って、張り切って生地に突き刺す。 「くるっ……てあれ?」 「下手くそ、こうだよこう、貸してみ」 「やだ、もっかいやる」 「あほ、しょーもない。食い(もん)の近くでドタバタすんな。──こうじゃ」  今藤と棒の取り合いをしていたら、すかさず稔の手が頭に飛んで来て、さらりと棒をかっ拐われてくるくると2、3個いっぺんに一瞬で丸くされた。  おら、とドヤ顔をキメる稔は以前と変わらない表情をしていて、ようやく肩から力が抜ける。 「ちぇーっ、なんだよぉ。初めてなんだからしょうがねぇじゃん」 「今藤もオレから言わすとまだまだやな」 「しょーがねぇだろ、年季が違うっつの。オレだって今日が初めてだよ」 「颯真は? 颯真はやった? 颯真なんでも器用にやっちゃうイメージ」  ほらほら、と颯真をつついたら、えぇオレぇ? とやや自信なさげに笑った颯真が、稔から棒を受けとったものの 「オレこういうの絶対失敗する…………ほらぁ……」  宣言通りに無惨な形のたこ焼きに仕上がって爆笑が生まれる。  まるで何もなかったかのようにいつもの空気に満ちた稔の部屋は、優しくて熱いくらいに暖かくて泣きたくなった。 「ほら、出来たしどんどん食えよ」  ポイポイと皿にたこ焼きが盛られ、4分の1にカットされたお好み焼きも全員に行き渡る。  行儀よくいただきますと呟いた颯真が箸をつけるのをぼんやり見つめて、自分もお好み焼きを一口頬張る。いつもと同じ味だと思ったら、我慢できなかった。 「みのる~……」 「なんや。追加はもうちょい待て」 「お前のことさぁ、……オレさぁ、……めっちゃ好きだからさぁ」 「はぁ? っンな!? おまっ……何泣いとんねん!?」 「おれぇ……また来てもいいよなぁ?」 「だからえぇて言うとるやろ、泣くな!」  焦ったようにティッシュを2、3枚引き抜いてオレの顔に押し付けてきた稔が、オレが悪かった、と苦り切った声で呟く。  受け取ったティッシュで目元を拭って、颯真から追加のティッシュをもらって鼻をかんでいたら、ずむ、と誰かの手のひらに頭を鷲掴みされた。 「やれやれぇ、渉はコドモだなぁ」 「うっせぇ」  わしわしと頭を撫でた今藤の手をはね除けながら、ティッシュをゴミ箱に投げた。 「──じゃんじゃん焼けよ稔! オレは今日はめっちゃ食うぞ!」 「今日ちゃうくてもめっちゃ食うやろお前は」  呆れた声のトーンはいつもと同じで。  だからこそ安心しきって笑った。 「だってお前のお好み焼きは世界一だからな」  ***** 「良かったね、わだかまりは解けたみたいで」 「…………まぁ、良かったんか悪かったんかやけどな……」  仲良く雑魚寝する渉と今藤に毛布をかけてやった後で颯真が優しく小さな声で囁いた事実は、嬉しいような結局苦しいようなだ。  何も変わっていないし、振り出しに戻った感さえあるけれど 「……まぁでも……ちょっと楽かもな……」 「ん? 何が?」 「颯真がおんのが」 「……なら良かった」  得難い友は、本当に得難い人だったという事実は確かに心を救ってくれたと思う。 「……もうちょい我慢出来そう……かな」 「……我慢てとこがまた、心配は心配だけどね」 「それはしゃあない。……近すぎるからな……思い出、みたいなとこへはなかなか()れられへんやろ」  缶チューハイと一緒に自嘲を飲み込んだら、 「……後2年や……」  耐えなな、と呟いて寝相の悪い渉の毛布をかけ直してやった。 「颯真も寝ぇや。オレは起きてるけど」 「付き合うよ。……ノンアルだけどね」 「…………ありがとさん」

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