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【だから君はもう僕のもの】ゆまはなお

大学主催のパーティや各学科主催の文化祭はいつも盛況だ。 特に日本語学科が年に一度開く日本文化祭は、大学がもっとも力を入れる行事の一つだ。日本語専攻の学生だけでなくこの大学に数多く在籍する日本人留学生も巻き込んで、かなり盛大に行われる。 親日派の国だから、日本文化研究や舞台発表、模擬店などどれも趣向を凝らしていて楽しめる。 これを日本文化と言っていいのかわからないが、日本のマンガが大好きだと言う実行委員の誰かが言いだして、俺は執事喫茶の担当になった。 どの出し物にも日本人留学生が一人はアドバイザーとして配置されるのだ。アドバイザーも何も、日本で執事喫茶なんて行ったことないってのに。 ともかく今日はタキシードを着て「お帰りなさいませ、お嬢様」などと言って、たくさんの女子にケーキセットを運んできゃあきゃあと騒がれた。 俺としてはかわいい男の子に運ぶ方が断然楽しいのだが。 「早瀬(はやせ)さん、アーティがこれに着替えてくださいって」 バックヤードで1年生が布地を畳んだものを俺に出してきた。 「え、これ?」 受け取ったのは浴衣だった。 「俺、浴衣着ないよな?」 もうしばらくしたら広い中庭を使って盆踊りが開かれる。 浴衣は盆踊り担当の二十人ほどが着る予定になっていて、朝から何人もの学生が浴衣姿で学内を歩く姿を見掛けていた。 「ええ。でも舞台発表が予定より遅れてて、田中さんが間に合いそうにないんです」 田中は舞台発表の進行スタッフで、盆踊りの見本を担当していた。 「マジか。田中の代役やれって?」 「はい。アーティが早瀬さんならできるからって」 「わかった。ちょっと出てくる」 若干おどおどと見上げる彼から浴衣を受け取り、実行委員の控室に向かった。この時間なら実行委員長のアーティはここに詰めているはずだ。 扉をノックすると「どうぞ」と日本語で返事があった。 部屋に入るとアーティは優しげな顔に笑顔を浮かべた。小柄だけれど伸びやかな体に大きな目がキュートな彼は、とても俺好みでかわいい。 「あ、受け取った?」 「ああ。でも俺が田中の代役は無理があるんじゃない?」 田中は大阪出身の笑いの精神が体にしみこんだ学生で、何をしゃべらせても笑いが取れる。 言葉が通じなくてもまったく気にせず、大阪弁でまくしたててもちゃんと通じるのだから、あれはもう才能だと思う。 「そう? でも他に適任者がいなくて」 「よく言う。もうみんな踊れるようになっただろ?」 「見栄えのいい日本人が本場の盆踊りを教えてくれるって言うのがいいんでしょ?」 俺の言葉をスルーしたアーティはにっこり笑った。かわいいな、抱きしめたらダメかなと思いながら、クールなふうを装って肩をすくめた。。 「盆踊りなんて簡単だから誰でもできるって」 「まあまあ、最初だけだから」 田中は櫓の上から踊りながらみんなの見本になるはずだった。その代役をやれと言われているのだ。 「ね、僕の頼みだと思ってきいてよ」 アーティは思わせぶりに微笑んで、俺のタキシードに指を滑らせた。 「代わりに何かくれんの?」 「何でも」 ふわりと微笑む彼に口づけると、待っていたように唇が開いて深いキスを誘われる。 優しげな面差しの彼は、意外に情熱的なキスをした。 「早瀬さん、モテるんでしょ」 「どうして?」 「キスがうますぎ」 「そんなことないよ。君こそ」 濡れた唇で笑った彼は「そう?」とおっとり微笑んだ。 かわいい顔だけれど、かなり経験があるのかもしれない。そりゃそうか。この国ではこのタイプは放っておかれないだろう。 「じゃ、お願いね」 「続きはあるのか?」 「……お祭りの後かな」 微笑む彼にうなずいて部屋を出た。何とか涼しげな顔を保っていたが、内心ではやったっとガッツポーズを決める。今夜が楽しみだ。 ゲイにもニューハーフにも寛容な親日派のこの国は、俺にとって暮らしやすい留学先だった。 寛容な上に性的に奔放なタイプが多いから、留学して以来、俺には彼氏が途切れたことがない。 日本ではゲイだと隠していて誰ともつき合ったことがなかったが、この国に来て最初の一ヶ月で八人の男に告白された。 当然驚いたが、どうやら俺の顔だちや背格好はこの国ではとても受けるらしかった。 全体的に細身で小柄な体格が多いから、日本では平均よりちょっといいくらいの俺の体格でもここでは結構いいほうに入る。 おかげで日本ではありえないくらい言い寄られるのだ。 童貞だった俺は自分が快楽に弱いタイプだなんて知らなかったが、ここに来てからかなり流されやすいと自覚した。 でもここではそれが許される。べつにそれでもかまわない。 自分を隠していた俺は、今の状況にとても満足して有頂天になっていた。 人生初のモテ期で、相手は選び放題なのだ。浮かれるなというのが無理な話だ。 アーティが俺に気があるのは気づいていた。ゲイだと隠す気がない彼は、素直に好意を表してくれていたから。 でもこうして誘われたのは初めてだった。 俺を見上げた目がうるんで頬がうっすら上気していた。それが色っぽくてそそられた。 かわいい顔をして意外なくらいキスがうまい。きっとセックスもいいだろう。 俺は甘い期待を持って着替えに行った。 無事に盆踊りを務め終えた俺は、暑い中庭からホールに入った。 エアコンの効いた室内ではスーパーボールすくいやヨーヨー釣り、綿菓子やカキ氷などの模擬店が並んでいる。 どの店も盛況で、俺はビール片手にぶらぶらと店を見て回った。焼きそばやベビーカステラ、たこせんべいなんかもある。 輪投げでおもちゃをもらってはしゃいでいたり、わたあめで顔中をべたべたにした子供もいる。子供から大人までたくさんの客がいて、祭りを楽しんでいた。 その中で一人、俺の目を引いた人物がいた。 壁際に立っているが小柄な人々の中で頭一つぶん背が高い。 すっきりした濃紺の浴衣が男の涼しげな美貌をひき立てていた。日本語学科に置いてある使いまわしの浴衣じゃないことは一目見てわかった。 俺はすたすたと彼に歩み寄り、そっと声をかけた。 “こっちに来て” 無表情にもぞもぞしていた男の腕をかるく引いた。 “え、いや……“ “結んであげるよ。解(ほど)けたんだろ?” 「……ああ、ありがとう」 お礼の言葉は日本語だった。 帯を押さえて人混みを抜け、バルコニーに連れ出した。 側に立つと俺より背が高い。180近くあるならこの国ではかなり長身だ。 くっきりした目鼻立ちが男らしくて、嫌みのない上品に整った顔立ちをしている。 ノーブルな佇まいに貴族階級かもしれないと思う。 政治的には民主主義だが、王族が尊敬を集めているこの国では貴族がまだ特権階級として存在する。 「ありがとう。結び方がわからなくて」 「いいですよ。日本語学科の学生さん?」 見かけない顔だと思いながら訊いたら、彼は首を横に振った。 「いえ。法学部だけど、趣味で日本語を勉強していて」 日本のマンガやアニメやアイドルが人気なので、そういう人も多い。 彼はそんな俗っぽいものを手にする雰囲気ではないけれど。文学作品とか読んでいそうな感じだ。 「そうなんですか。日本語が上手ですね」 「いえ、まだまだです」 帯を回すために密着すると柑橘系の爽やかな香りが届く。彼はじっと立っていて、真っ直ぐに目線を合せてくるから照れてしまう。 日本人には気恥ずかしいほどの強い視線で見つめられながら手早く帯を結んでいく。 「早瀬さんですよね」  上から声が落ちてきた。 「俺を知ってるのか?」 「早瀬さん、有名だから」 「有名?」 「ええ。うちの大学の日本人留学生の中で、一番優秀だと」 「一番は言いすぎ、もっと上位の成績取ってる奴いるだろ」  そんなに優秀じゃないことは自分でわかっている。顔を上げると彼はすこし微笑んで、言い直した。 「じゃあ一番、きれいでカッコいい…、なんだっけ、イケメン?」  イントネーションがおかしくて、つい吹きだしてしまったが、相手は真面目な顔をしているからすぐに謝った。 「悪い。イにアクセントじゃなくて、平坦に言うんだ。イケメン」 「イケメン?」 「そうそう、イケメン」 「それです、早瀬さん」  そういう彼こそ、イケメンだった。セットしていない髪がさらりとかかって顔が見えづらいのがもったいない。 「盆踊り、見てましたよ」 「え、なんか恥ずかしいな」 「一生懸命で可愛かった」 どう返事をすればいいんだか。俺は裾を整えて出来を確かめた。 「どうかな? きつくない?」 「ちょうどいいです。浴衣って意外と暑いな」 もっと涼しいものだと思っていたと言う。 「ハーフパンツに慣れてるとそうかも」 「でもカッコいい衣装だ」 「ああ、とても似合ってる」 本当に似合っていたからそう言ったが、彼は真顔で「いえ、早瀬さんが」と返した。  「そう? 久しぶりに着るからなんか照れるな」 あまりにも真っ直ぐに見つめてくるから、この国ではそれが普通だと知っていてもうろたえる。 というか、どこかで会ったかな。なんとなく見覚えがある気がするが思い出せない。 じろじろと見ているのに気がついて目線をそらした俺の顎に手を添えて、彼はいきなり口づけてきた。 「ん…っ、ちょっと」 軽く触れただけで離れたが、彼は平然と言う。 「帯のお礼ですよ」 「へえ」 どうやら俺は誘われているらしい。 顔もスタイルもカッコいいが、残念ながら彼は俺の好みからは外れている。 この国で自分より大きな男に誘われたのは初めてだ。 「いまいちでした?」 「いや、驚いただけ。君みたいな素敵な人にキスされて嫌な気にはならないよ」 正直に言うと彼はにっこりした。 好みではないけど嫌悪感はなく、むしろこんなタイプが俺に声を掛けて来るのかと新鮮だった。 「もう今日の仕事は終わり?」 「え?」 「抜けようよ。おいしいチーズとワインはどう?」 フランクな言葉遣いになって、彼は俺の腰を抱いた。 上から見つめられることが滅多にないのでドギマギした。 「いや、俺は……、遠慮するよ」 「僕が怖い?」 人懐こい笑みを浮かべているけど油断ならない感じがする。 「そうじゃない。でも予定があるから」 「実行委員長の彼?」 男は揶揄するような笑みを浮かべ、その表情で俺ははっと男のことを思い出した。 「パチャラ……」 名前を呟いた俺に彼は今度は片眉をあげた。 「僕を覚えてた?」 「今思い出した」 まぎれもない貴族で特権階級の男だ。 庶民の俺とは世界が違うはずだが今さら丁寧語を使うのもわざとらしいと判断して、俺はそのままの言葉遣いで言う。 「この前の講演会、聞いたよ」 先々週、彼が研修留学の帰国講演会をしたのを聴講した。その時は髪を上げてスーツ姿だったから、今とはかなり印象が違っていたのだ。もっと大人っぽいノーブルな雰囲気だったが今はそうでもない。 「知ってる。早瀬さん目立つから。でも僕、そんなに印象薄かったかな?」 「イメージが違いすぎるからわからなかった」 スーツと浴衣という衣装だけでなく、髪型も雰囲気もまるで違っている。 「そう?」 言いながら、また口づけられた。 まだ腰を抱かれたままなことに気づいて、はっと体を離した。彼は引き留めずに両腕を上げて楽しげに俺を見ている。 「彼と遊ぶより、僕のほうが楽しいと思うよ」 パチャラがバルコニーから中庭に顎をしゃくった。そんな尊大な態度も嫌みに見えない。 見下ろした先には、マイクを持ってお祭りを盛り上げているアーティがいた。 「彼はかわいい顔して、とんでもなくエグいセックスが好みだよ」 「どうして、そんなことを?」 「貴族社会では有名だからね。君にはそんなところを見せていないだろうけど、彼はなかなかのサディストで君をめちゃくちゃに抱くつもりだよ。自分より大きな男を虐めてひいひい言わすのが好きなんだ。前から狙ってたんだろ」 しゃあしゃあと驚くようなことを言い放つ彼は、挑発するような笑みを浮かべた。 本当かどうか、俺には判断がつかない。 アーティとはこの文化祭のためにここ一ヶ月ほどで急速に親しくなった。いつもかわいく笑ってみんなに指示を出していて、とてもそんな趣味があるようには見えなかった。 「嘘だと思ってる?」 「本当ならびっくりだし、嘘だとしたらどうしてそんな嘘をわざわざつくんだ?」 「信じなくてもいいけど本当だ。君が彼の餌食になるのは嫌だと思ったから」 そして囁くように打明けた。 「今日仕留めるつもりって、あいつがエグイ仲間連中に話してたのを聞いたしね」 「……もしかして、帯はわざと?」 「そう、話すきっかけが欲しくて」 「そんなのほかにもあっただろ?」 「こうして二人きりになれるチャンスはそうそうない。僕が一人で出歩くこともあまりないし」 そう言いながら、彼はバルコニーの端に俺を引っ張っていく。 「だから、これは賭け。君が気づいて帯を結びなおしてくれたら、僕がさらう」 そう言って彼は自分の指輪を一つ外して、ぽいっとバルコニーの外に投げた。 それが頭に当たったアーティが顔を上げた瞬間、パチャラが素早く俺を抱き寄せ、今度は噛みつくようなキスをされた。 腕を突っ張ってもがいても彼の胸に抱きこまれて外せない。 力強い腕は抵抗を許さず、俺は後頭部を固定された。 「んっ、ちょ……、はなせ、っ……」 入りこんだ舌は好き勝手に俺の口を舐め、密着した下半身は不埒な動きで欲情を誘う。 下から見上げるアーティがどんな顔をしたか知らないが、散々好き勝手をした唇がようやく離れた時、彼の姿は中庭になかった。 「おい、俺は行くなんて言ってない」 「うん。でも実は興味があるだろ?」 パチャラが力の入らなくなった腰を支えた。 「気持ちいいこと、してみたくない?」 くっそ。キスで腰が抜けたなんて初めてだ。 暴れたせいでビールが回ったのか、やけに頬が熱い。酔うほど飲んでいないのに。 「快楽に弱い君なら、抱かれるセックスも悪くないと思うよ?」 言葉をなくす俺に、彼は映画に出てくる王子様のようにさわやかに微笑んだ。 車で移動した先は、宮殿のような屋敷だった。 使用人たちが迎えに出たが、彼は王様のように手を振って下がらせ、さっさと俺を部屋に連れこんだ。 サイズなんて概念が通じないほど広いベッドに押し上げられて、俺は途方に暮れていた。 「洸(こう)、どうしたの?」 さっきから当然のようにファーストネームで呼ばれている。 「何ていうか……」 リムジンの中ではシャンパンを飲みながら、散々キスをされていた。 パチャラが俺を抱くつもりだとわかったけれど、俺は今までその経験がない。何だか流されるままにここまで来てしまったが、ここに来て戸惑いを隠せなくなる。 あまりに広いベッドに所在なく座っていると落ち着かない。 「かわいいな」 「そんなこと、言われたことがない」 「知らないだけだよ。きっと君は気に入る」 「何が?」 「僕に抱かれるのが」 そう断定して彼は俺の浴衣をはだけた。器用にするすると帯を解いて、俺の手首に巻きつける。 「おい!」 「大丈夫。痛くないだろ?」 確かにゆるく巻きついているだけで、縛られたわけじゃない。でも心理的には似たようなものだった。 「背中に爪痕、つけられると困るから」 その時ノックの音がして使用人がワゴンを運び入れて来た。 半裸の俺はベッドの上でぎくりと固まるが、使用人は俺には見向きもせずにワゴンを置いて丁寧に一礼して部屋を出て行った。 ワゴンの上にはスモークサーモンやチーズやフルーツを盛った大皿、それからワインの瓶と光をはじくクリスタルのグラス。 パチャラはワインをグラスに注ぎ、いたずらを思いついた子供の顔で俺を見る。 「ほら、口を開けて」 キスとともに白ワインが入って来た。 やけに甘い気がしてくらくらする。 「どうして俺を誘ったんだ?」 「君を気に入ったから」 「会ったばかりなのに?」 「僕は何度も君を見かけてたよ。君は目立つからね」 「ああ……、そうなんだ」 そんなに成績優秀ではないが、外見で得をするようで発表などで選ばれることがわりとある。 「見た目も好みで一生懸命に頑張ってるのがかわいかった。そしたらアーティが狙ってるって聞いて。あいつにめちゃくちゃにされる前に手に入れないとね」 熱っぽく語る彼が本気かどうか、よくわからない。 彼はサーモンを指でつまんで食べ、俺にも食べさせてはワインを飲み、時々キスをして体に触れてくる。 会話を楽しみながら、髪を撫でたりうなじにキスしたり、指で腰骨をなぞったりとじれったいほどのやり方で徐々に俺の熱を上げていく。 でも帯は手首に巻きついたままだ。 口元にチーズが出され、俺は口を開けて入れてもらう。したたったハチミツを唇に塗りつけられて、それからキスされた。 「甘いな」 「ハチミツのせいだって」 「いや、君が。ほら、ここも」 そう言いながら浴衣を大きくはだけて、胸にハチミツを落とした。 くすぐったくて身をよじる。 「おいしそうだ」 そう言いながらぺろりと乳首を舐められる。とろりと肌を滑っていくハチミツを舌で追って、へそまでたどり着く。その感触にぞわぞわと全身がざわめいた。 はっきりした快感ではなく、でも確かに下半身に響いてくる感覚だった。 「なんか、嫌だ」 「そう? つやつやになって舐めてほしそうだよ?」 彼はいたってのんびりとリラックスした様子だ。こんなゆるやかなセックスは初めてで、どう反応したらいいかわからない。 俺がしていたセックスはいつももっと性急で、とにかく興奮するままに入れて揺さぶって出すものだった。 でも彼はまったくそんな気配がなく、触れあって会話するのを楽しんでいる。 「洸は日本でもモテた?」 「……女子にはそれなりに。男は全然なかったよ」 「へえ」 「日本ではゲイだってオープンにしてなかったし」 「そうなんだ。日本の男は見る目がないね。こんなにかわいいのに」 そんなことを囁かれて、どうにもくすぐったくてしょうがない。困って目をそらすと手首を拘束されたままゆるく押し倒された。 「ほら、もうこんなになってる」 手が足の間に入って来て、するりとそこを確かめる。 さっきからもどかしい愛撫を受けて、しっかり勃ちあがっている。 大きな手で包んで擦られて興奮が一気に増した。 入れたい、と思う。それしか知らないから、当然、これを収める先を俺の体は期待している。 「なあ、俺が抱くのは?」 「無理」 ダメもとで訊いてみたが一言で却下された。 「けっこううまいと思うけど」 「そうかもな。でもダメ」 唇をなぞった指がすっと下に降りて、胸の先でつんと小さな乳首を弾いた。きゅっと摘ままれて捏ねられて、じわじわとした性感が生まれる。 片方を舐めて吸われるともっとぞわっとした。さっきハチミツをかけて舐められたときよりずっと体が敏感になっているのを知った。 「……っ、ちょっと」 「声、噛むなよ。気持ちいいだろ?」 「だって」 「ほら、固くなった」 吸われて色づいたそこを舌で押しつぶされる。 「ん、こっちも濡れてきた」 とろりと先走りをこぼす先端をくりくりと撫でまわされて、思わず腰が揺れた。 「乳首で感じるなら、きっと中も感じるよ」 「そんなの迷信だろ」 「じゃ、確かめてみようか」 シャンパンとワインでほどよく酔った頭は快感に流されている。もどかしく煽られ続けて、もう理性は半分溶けていた。 ぬるりと指が入って来てもさほど危機感は覚えない。痛みもなくて、ただ違和感があるだけだ。 「平気そうだね」 笑って言ったパチャラが指を増やして、さすがに体が強ばった。 「やっぱ無理だって」 だって最終的に入れるのは指なんかじゃない。 今さらそれを思い出して、俺は尻込みした。 「できるよ。気持ちいいこと好きだろ」 「よくないし。もう抜けって」 「んー、せっかちはよくないな。一晩かけて、ゆっくり愛してあげるから」 身を引こうにもベッドで押し倒された状態で、いつの間にか手首の拘束はきつくなっていた。 「ほら、もっと足開いて」 「嫌だって言ってんだろ」 「うん。嫌がられると燃えるね、あ、萌えるが正しいんだっけ?」 流暢な日本語と巧みな手際で、パチャラは上手に俺を懐柔していった。 「おはよう」 「……無茶しやがって」 鈍く痛む腰をかばいながら、そっと寝返りをうった。 股関節辺りがぎしぎしするし、腰は重だるく、奥にはまだ何か入れられているみたいな感じがする。 一体何度、絶頂に追いやられたか、最後のほうはほとんど意識が飛んでいて覚えていない。というか思い出したくない。 追い詰められて自分が何を口走ったか、正気では思い返したくなかった。 そして落ち込んでもいた。俺は今まであんなに相手を感じさせたことがあっただろうか。 昨夜のセックスは、入れて擦って突いて出すという手順ではまったくなかった。こんなやり方があるのかと驚くことばかりだった。 俺がしてきたセックスはかなり稚拙だったのかもしれないと思わされた。 「とても素敵だった」 機嫌のいい微笑みを浮かべて、パチャラが肩を抱き寄せてキスをした。 抵抗する気力が出なくて、されるままにしていると足の間に手が滑りこんでくる。 「おいっ」 「んー? 様子を見ただけだよ」 何の様子だ。 あれだけしたら反応しないっつーの。 「な、なに?」 ぬるりとしたものを奥に塗りつけられて思わず身を引くと「薬だよ。腫れたら困るだろ」と彼がしゃあしゃあと言った。 誰のせいだと思ってんだ。礼を言う気は起きなくてそっぽを向いた。 「もう気が済んだだろ。帰る」 のろのろと体を起こして座ったが、立ち上がる気力がまだ出ない。 「せっかちだなあ。洸はもっと時間をかけたほうがいい」 「時間をかけるって何にだよ?」 「何事も。会話もセックスもって言えばいい?」 何となく気まり悪くて俺は黙り込む。 「知らなかっただろ。僕が去年から君を見てたこと」 「知るわけないだろ。ていうか、去年からって?」 「ああ。去年の留学生歓迎会で話をしたんだ。忘れた?」 そんなパーティがあったことは覚えている。 この国に来たばかりで不慣れな地酒を飲まされて、かなり酔っぱらってしまった。しかも翌日、不可解なことがあったから記憶に残っていた。 「ずいぶん酔ってたから、あんまりちゃんと覚えてないけど……」 「そうだろうな。僕が寮に送って行ったんだよ。キスしたら可愛い声を出すから抱いちゃおうかと思ったけど、あいにく時間がなくてその時はキスだけだったけど」 「あっ、あれはお前かッ」  朝起きたらあちこちにキスマークがあって驚いたのだ。そんなことは初めてだったし、跡があるわりに誰とも寝たような感じではなかったからびっくりしたなんてものじゃなかった。 「覚えてないなんて、ひどい奴だな」 「勝手にキスしといて何言ってんだ」 「だって君がねだったんだよ。一人で寂しいって」 「は?」 「日本ではゲイなんて言えなくて、童貞のままずっと一人で寂しかったって」 出会ったばかりでそんな話までしたのか。 かーっと体温が上がって、俺はうつむいた。 「覚えてないけど、言ったとしたら俺が抱くつもりで言ったんだって」 小さく反論したけれど、パチャラはさらっと受け流した。 「でも僕が抱いてあげるよって言ったらうんてうなずいたし」 「いやいや、お前の都合のいい作り話だろ?」 「抱く約束にたくさんキスして跡を残したけど? 君も抵抗しなかったよ」 俺は言葉に詰まった。 確かに合意がなければあんなにつけられないだろう。というか、数よりも問題は……。 「君が見えないような場所にもたくさんキスしたのに。それも気づかなかった?」 目線をそらしていても、パチャラがじっと俺を見ているのはわかっていた。じりじりと焦げるような目に羞恥心が炙られた。 あの時、内腿の奥や足のつけ根にもキスマークは散っていた。そこまでしたなら、あの時に簡単に抱けたはずだ。 「僕はせっかちなセックスなんてしたくない。時間をかけてゆっくり愛し合いたかったから、機会を待ってたんだ」 学科も違うから履修科目も重ならない。貴族の彼は社交も忙しい。 一人の留学生に声を掛ける機会を持つ間もなく、半年間の海外研修留学が入ってしまったという。 「それなのに、僕がちょっと国をあけている間にあんな性悪に引っかかっているなんて」 ひんやりとしたものが口調に混じって、俺はすこし緊張する。 そもそも人の上に立つことに慣れているから、人を圧倒する空気を出すのがうまいのだ。いや、うまいとかではなくたぶん無意識なのだろうが、庶民の俺はそんな雰囲気をまとわれると怯んでしまう。 「それは…、覚えてなかったし」 「……まあいい。過去をあれこれ言うのは見苦しい」 鷹揚に引き下がってくれたのでほっとしたのも束の間、彼はにっこり笑うと宣言した。 「じゃあ、今日から君は僕のだから。ちゃんとそのつもりで行動するように」 ていうのはつまり、遊び相手を探しちゃいけないってことか? 冗談じゃない。 「え、いやいや。俺はそんな気はないって」 俺の抵抗など歯牙にもかけず、パチャラはその名が意味するダイヤモンドのように強い光をたたえた目で俺を射抜いた。 「へえ? 他の誰かを探すつもり?」 「だから、俺は抱きたいほうなんだって言っただろ」 ふうん、とパチャラは目を細めて揶揄した。 「あんなに可愛くねだったのに?」 俺はあわわわわと叫んだ。 「そんなことしてない!」 「腰振ってもっと突いてって泣いたよな?」 「覚えてないッ!」  「そう? じゃあ思い出すまでしようか。いや、覚えるまでかな?」 力の入らない俺は簡単にベッドに倒されてしまう。 くそっ、腰がふらついて跳ね返せない。 「マジやめろって」 「嫌じゃなかっただろ? 気持ちよかったよな?」 確かにものすごく気持ちよかった。抱く側として落ち込みそうなほど感じた。 それは否定できないが、素直にうなずくのも業腹だ。 そっぽを向いた俺にパチャラが耳元でささやく。 「強情な君を堕とすのも楽しいよ」 「誰が堕ちるかっ」 「うん、やる気がみなぎってくるね」 彼は涼しい顔で言い、抑えこまれた俺は唇を噛みしめた。  完 なんかすみません(T_T) 世界観、ぶち壊してます? イラストはすっごく素敵だったのに、どうしてこうなってしまったのか…。 マウント争いをさせたい気分だったのかなー(^_^;) でも私は楽しく書いたので、気に入ってくださる方がいるといいなあww

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