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【きんぎょ】東 永尋
「お、似合うな」
掛けられた声に、サトシは姿見から視線を上げた。音もなく近づいてくる男に苦笑する。
「自分じゃ、よくわからないよ」
肩越しに振り返って、次の瞬間目を見開く。
「……そっちの方が似合ってる」
深い色合いの浴衣に、普段よりも割り増しされた男の色香。とても自分には醸し出せない、大人な魅力に自然とでるのは感嘆。しっかりとした体躯と厚い胸板によって、着られている印象は欠片もない。
白くてひょろ長いだけの自分とは大違いだ。
袖からのぞく男にしては細い腕を、さり気なく引っ込めたはずが捕らえられる。
「俺が見立てたんだ。似合うに決まっているだろう」
逆の手はサトシの顎に掛けられる。
「食い散らかしたいくらいだ」
耳元で低く潜められた声に、背筋を駆け抜けていく何か。
「……んン……ぁ、」
親指が口唇を割り、ついで舐め上げられる。薄く開いたのを契機と捉え、深められる口づけ。侵入を果たした彼は我が物顔で、サトシの口腔内を荒らす。吐息すら奪われる。
「……っだ、だめ」
滲んできた視界に流されそうになっていることを知らされながらも手に縋れば、思いのほか簡単に離れる。安堵半分、落胆半分で自分が嫌になる。
「さすがに俺も、泣き果ててグシャグシャのオコサマを花火会場に連れていけないな」
普段のおちゃらけた口調に戻したハジに、背を軽く叩かれる。霧散した、流れた官能混じりの空気。
「ちょっとハジさん! どーいうこと!?」
ありがたく便乗させてもらい、同時に彼の懐の深さを噛みしめる。
──こんなにも、近くて遠い。
「ほら、行くぞ」
差し出された手に、サトシは微笑んだ。
「うん!」
並んで歩きつつ、ハジへの周囲の視線が気になる。それはそうだろう、いい男だ。そんな横に並んでいる自分が、あまりにも子供っぽくセルフで気落ちする。
「金魚はよかったのか?」
さきほど金魚すくいを眺めていたのを、しっかりと見られていたらしい。
「飼えないから」
自分の殺風景な部屋で、しかも寝にしか帰っていない場所だ。かわいそうなことはしない。
沈む気分を隠すように、視線を落としながらリンゴ飴を囓る。
「俺の所で飼ってやる。見に来ればいい」
「――え? う、わ……」
思わぬ申し出に顔を上げると同時、押される。人の波に飲み込まれ、抜け出せない。普段履き慣れない下駄や浴衣姿であるためか。
行き交う人に飴をつけないようにと気を配りながら、そろそろ花火の時間かと思い立つ。
「……あれ? ハジさ――」
隣に居たはずの人物が見当たらなくて声を上げれば、二の腕を捕まれ強く引かれる。手を離れたリンゴ。重力に逆らわず落ちていく様をスローモーションに捕らえる。土に落ち、汚れて、誰かに蹴飛ばされた。
振り返った先は、見覚えのない男の顔で。
「え、あ、あの? 人違いじゃ……」
混乱しきった頭で疑問を投げかけたときには、すでに閑散とした場所にいた。
「いいや? 合ってる」
嫌なダミ声だ。ヤニのついた歯に、濁った目、無精ヒゲ、恰幅の良さが手伝って、上げられる口角がにやけて見える。そして漂うアルコール臭に、鼻を摘まみたくなる。
「連れが、いるので……っやッ!」
内心冷や汗をかきながら距離を取ろうとするも、尻を捕まれる。直後にいやらしく揉まれ、吐き気を催す。いつの間にか膝は割られ、男の足がサトシの中心を小刻みに刺激する。押しつけられた背後は何かに阻まれて逃げ場はない。
「っや、やだっ! や、めぇっ! 離し……っひ、ぃ!」
もがいても手をついても、びくともしない強い力。
滲む視界で、男越しの夜空に花火が散る。これでは、誰も――ハジに、気づいてもらえない。
「オマエも好き者だろう?」
耳朶に舌を這わせて熱い吐息を吹き込みながら、布地の上から肛門を刺激される。せっかくハジが選んでくれた大切な物を、見知らぬ男に汚される。
「……ち、がぁ、ハジさん! ハジさ、じゃなきゃ、やだぁ……」
のどに引っかかるようにしゃくり上げながら、迷子のこどものように名前を呼ぶ。夢であって欲しいと願うも、張られた頬の痛みと押しつけられる熱い塊に現実を突きつけられる。
「……へぇーえ?」
大好きなハジのためにした準備も、男の太い指が我が物顔で出入りする。
「っい、ぁぁ……」
探り当てられた部分に、素直に反応する身体が恨めしい。
「嫌がってる割には、ヤられる気マンマンだなぁ!」
まくり上げられた裾から男が入り込もうとする。
明るくなる光景と共に、愛おしい男の顔を見つける。
――ドン!
ついで腹に響いた、大きな音。
……汚い。
包まれる大きな手のひらから逃れようと、何度か試みたものの失敗に終わった。うつむくサトシには、前を向くハジの表情までは解らない。正直知らぬまま去りたかった。
あの光景を見て、嫌悪しただろう。一瞬照らされた驚愕がずっとこびりついている。
なのに、なぜ繋がれたままの手は熱いのだろう。
解らないことばかりだ。
落としてしまったリンゴ飴は拾えなかったけれど、汚れた自分をハジは拾いに来てくれた。シワになってしまった浴衣も正してくれて、拭えるホコリも払ってくれた。
滲む視界が思考をうやむやにする。
「……サトシ」
「……ひゃっ!?」
窺うように掛けられた声音を仰げば、思わぬ冷たさに飛び上がる。
どこをどう歩いたのかも不明だったが、知らぬうちにたどり着いていた。あの、金魚を飼っていいと言ってくれたハジの家。
「冷やした方がいい。痛かっただろ」
殴られた自分よりも、辛そうなハジを認める。
「あり、ありがと……ハジさん。ありが、と……」
今更ながらに恐怖を思い起こされ、小刻みに震える身体。耳障りな声に、不快な臭いと仕草。目の前にいるのは、愛おしい男のはずなのに。
「触っていいか」
「……あ、俺、きたない、から……ハジさん、汚れ、ちゃ」
引こうとする指を、捕らわれる。
普段は見上げる先が、いつの間にか同じ目線であることに気づく。
指先に唇を落とされ、軽く食まれ、谷間に舌を這わされる。
ゆっくりと、だが強い視線は絡まったままに。
手のひらに感じる、吐息とあたたかさ。
「……ぁ、」
まるでサトシを慰めるかのように。
「汚くない」
「……ぅうぅぅっ……ふ、ぅっ……」
涙の溢れる目尻を拭われ、そこにも唇を受ける。
「……ハジさん、ハジさ、んンー……」
満足に言葉も出ず求めた男は、惜しまず甘やかしてくれる。
口唇を割り、密着した粘膜に互いの唾液を交わす。一度引かれた銀糸は、切れる前に噛みつくようにして合わされる。摩り上げられ、甘噛みされ、蹂躙される。首を伝った筋に気づいたのは、押し返すようにして辿られた舌によって。
「……止まらなく、なりそうだ」
「止まらな、いで……」
熱い吐息混じりに低くささやかれ、請えば強い力で抱きしめられる。
腫れた唇に再び与えられる熱。
「……あ、ンぅ」
ちいさな痛みと甘やかしを同時に鎖骨に与えられ、どちらの感覚を追えばいいのか判断つかず悶える。
ちりばめられる水音。畳を摩る布地の音。
「ぃ、あぁ……」
胸元に執着される頃には、肩を剥かれていた。時々立てられる歯に、力なく髪に指先を絡めるのみ。無意識に跳ねる身体は、立ち上がった浅ましい欲望を男に伝える。
「ぁあッ、……ほし、ハジさ……きて、よぉ……」
腹部に跡をつけられつつ、時折感じる彼の髭のチクチクとした感触にのけぞる。腰に巻かれたままの帯に行動を制限され、生まれるもどかしさ。
「……も、もぅ……っちゃぁ……ッぁぁああぁあッ!」
立てられた膝の間に蠢く男に強請る。裏筋を陰嚢を揉まれ、意識が白く弾ける。
「……ぁ、……ぁあ、……ん、ぁ」
頬に触れる布地。気づいた時には反転されていた。おざなりに敷かれた布団に寝かされている。
ピチャ。
「……っや、あ!」
不意の刺激に腰が跳ねる。まさか、と恐るおそる背後を振り返ると、湿った感触と共に中を弄る異物に悲鳴を上げた。
「や、っやだぁ……なめ、きたな……ぉね、がぁ」
這って逃れようとするも、強い力で阻止される。
「ココは、入れられてないだろ」
花火会場の見知らぬ男のことだと、遅れて気づく。
「……ン、ゆび、ゆびだけ、だかぁらぁ……ぃ、ああっ」
何度も首肯しながら、しびれる舌で紡ぐ。
寸でのところではあったが。
自分の中には、ハジしかいらないのに。
「そんなに弄られたのか?」
「……ひ、ぃぃッ!」
体内でバラバラに動かされる指。
「……っあ、あぁ、ぁあ、あぁー……」
イイところを小刻みに刺激される。弾けそうになる欲は、だが今度は塞がれていて。
「ぃぁあ、とって、とってぇぇ……」
涙ながらにのどに引っかかりながらも訴える。肩を押さえられ身動きを阻止される。
「どうして、こんなに解れている?」
積み上げられるようにして渦巻く熱。力なく縋りついた、目の前の布地は液体で濡れそぼっている。
自分はこんなに翻弄されているのに、ハジの声が驚くほど冷たい。見えない表情も相まって、心細さは募っていく。
「……ごめ、ごめ、なさっ。ハジさん、と……ぁ、シたくて、自分でいじって……っあ、ぁァああぁあッ!」
消え入りそうになりながら白状すれば、衝撃に目の前で火花が散る。
分け入って、存在を示される灼熱。
「……あ、あぁ……あぁぁ……っくぅ」
「……っ、カワイイよ、サトシ」
低く耳元で囁かれながら耳朶を食まれ、胸元を探られ悶える。
「ハジさ……、ハジ……ひ、ぃィ!」
うしろから腕を引かれ、強制的に身体を起こされる。抉られる位置が変わり、上がる悲鳴。
「いい、表情だ、なっ……」
「……ああっ、あ、あ、あ、あアぁッ」
向き合っていないハズなのに、と煙った思考でたどり着けば――目が、合った。
「……ぁ、あ、あ、あぁ」
油を差したようなギラツク瞳が。
表情ひとつ、微かな身動きを見逃さないような捕食者のソレ。
鏡に余すことなく、すべてを映し出されている。
腰の帯に申し訳ていどに浴衣を絡め、赤い胸を尖らせ、涙を涎を垂らし、愛おしい男を貪っている自分。
「ぃああッ!」
火照る身体を、羞恥からさらに煽られる。
剛直が出入りし、時折探るように回される腰。
「目逸らす、な……もったいない」
視覚でも犯される。
「……あ、は、あぁぁ」
熱く爛れて蠕動し、奥に奥にと男を求める。
「……っ、ィくぅ……ぁ、取って、とってぇ……」
浅ましく前の解放を望む。
「もっと先、知っているだろ」
落ちてくる汗にさえ、肌を震わす。
「っい、あぁ……」
息も絶え絶えに懇願するも、しかし無情にも高められ。
「……ぁ、イぁ、……クる、ぁ……ゃ、あぁあ、ああぁあッ!」
縋る先を求める、宙に浮いた指先。
けいれんする腹部を振り切るように、深く抉られる。
ぶれる視界で、行為の終わりが近づいている事にすら気づけない。
奥で迸るネツ。
「あー……」
ぶつ切れに白くなる意識。
「ハーイ、カートッ!」
遠くで、声が響いた――。
「……か、はッ!」
溢れる自らの唾液に噎せる。
「ほら、しっかり見て。サトシ?」
崩れそうになる姿勢を正されて、弾けた意識を前の画面に固定される。
『や、っやだぁ……』
「……ぁ、あぁ……」
映し出された自分は淫らに浴衣を着崩して、甘い声を上げていた。
「かわいいね、サトシ……」
耳朶を食みながら低く囁かれ、背筋が震える。
「コレを沢山の人が、オカズにしていると思ったら……妬ける、ね」
「……ひぃ、ぁぁ」
畳に広げられたパッケージには、白濁まみれになっている自分が。尻であったり、解かれた帯に拘束された手であったり、ポッカリと開いた穴がモザイクに隠れている。
「まさか、本当に男に襲われるとはね」
あの、花火会場でのことだろう。
キャスティングはなく、予想外のことであった。
思考に浸るようにして、不意に止められた律動がもどかしい。
「……ぁは、ハジさ、ン……だけぇ」
しゃくり上げながら男を求め、頼りない腰を捩る。
半端に脱がされた浴衣によって満足に身動きとれず、焦れた経験と重なりむせび泣く。
「欲し、ぃ……ぉねがぁ……ひぅぅっ!」
『……ぁ、イぁ、……クる、ぁ……ゃ、あぁあ、ああぁあッ!』
欲したものが与えられている、映像の中の自分が妬ましい。
仰け反り甘えるように強請って、背後のハジ改め恋人のハジメに続きを促す。
首筋に吐息と髭の感触に、浅ましく内部が蠕動する。
「……あぁン」
気まぐれに胸をひっかかれ悶える。なのに、後口は埋め込まれたまま動かれない。
「鑑賞しないのか?」
「ッあ、ああアあぁああぁぁ……」
再びはじまった、先の白濁を攪拌するような動きに言葉も紡げない。
愛してやまない、背後の男に手を伸ばす。
「……ハジさ、……ンぅ」
「ああ。愛してる……」
パシャン。
金魚がちいさく跳ねた。
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