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【絵描きの秘密】睦月なな

僕は浴衣のままゴロンと寝転んで、部屋の様子を見ていた。 畳の部屋なのに、緋毛氈なんか敷いちゃって、その上に深緑のベルベットの張った猫足ソファを置いて、傍には硝子の机が置いてある。 壁には洋画のゴテゴテとした額縁がいくつか掛けてあって、僕がそれを外して遊んでいたら、おじ様に怒られた。 「それは高いんだぞ」なーんて、言ってきちゃってサ。 それから、鏡台もある。 その上には白粉とか、紅とか……女のアレコレが転がっている。 「昔いた女の物だ。使いたきゃ、使えばいい」 「僕一応、男なんだけど……」 「お前が紅さす姿は絵になる」 そんなことを言って、おじ様がスケッチブックを開いて、鉛筆でさささっと僕を描き始める。 僕は仕方がないから、紅の入った黒い匣を開いて、小指で紅をとって自分の唇に引いてみた。 そんじょそこらの女よりは綺麗だと、鏡の中の自分はフフンと鼻を鳴らしている。 おじ様は筆が乗ってきたのか、鉛筆を持った手がさらに素早く動いていく。 「お前はやっぱり最高のモデルだ」 ーーー この夏はなんだか雨が多くて、ジメジメとする。 僕は雨が苦手だ。 じっとりとして、纏つく湿気、大キライ。 浴衣を着崩しながら、僕がソファでごろんとしていると、おじ様が縁側で何か本を読んでいる。 「ねぇ、おじ様」 「何だ」 「……金魚が欲しいよ」 本から目線を逸らすことなく、ハァ……とため息をついたのが聞こえた。 「急になんだ」 「暑いんだよ。涼しいものが欲しいの」 「だから何で金魚なんだ」 「金魚は見てるだけで涼しいもの。ほら、耳を澄まして、おじ様。金魚売が金魚を売ってるよ」 「……雨音で聞こえない」 無下にしてくるおじ様が、何だか憎い。 僕はすぐにおじ様に駆け寄って、胡座をかいているおじ様の膝に頭を乗せた。 「何だ、重たいぞ」 「僕は外なんて出られないんだよ?金魚くらい、買っておくれよ。ねぇったら……」 「……仕方のねぇ、坊だな」 おじ様は気だるそうに本を置くと、外に出ていった。 ーーー まぁるい金魚鉢に赤い金魚が二匹、つがいで泳いでいる。 つんつんと金魚鉢を叩くと、金魚達は薄い鱗を擦り合いながら、逃げていく。 どこにも逃げられやしないのに。 「えらく気に入ってやがるな、坊」 「おじ様が買ってきてくれたんだもの。大切にしなくっちゃ」 命はすぐに(つい)えるものだから。 「おじ様、何で二匹も買ってきてくれたの?」 「何でって……こうやって二人でいた方が寂しくないだろ?」 おじ様は僕を後ろから抱きしめた。 「おじ様、寂しいの?慰めてあげよっか?」 僕がニヤニヤしながら聞くと、床に押し倒されてしまう。 「どう慰めてくれるんだ?」 意地悪く笑うおじ様。 クシャッとした目尻の皺と薄い唇にいやらしさが滲んでいた。 ーーー 「ん……っふ……アァ……、おじ様ァ……」 こいつの唇は柔らかい。 唇をこじ開けて、舌を侵入させると、女よりも肉の薄い舌が必死に絡みついてくる。 もうアソコはしっかり濡れている。 尻の間を指で掻き混ぜてやると、キュンと締め付ける。 少し乱暴に指を引き抜くと、擦れたところが良かったのか、体が仰け反った。 着ていた浴衣はもう半分以上はだけていて、帯もすっかりクシャクシャになっている。 纏わりつく湿気が鬱陶しい。 はだけた胸元の桃色の突起にしゃぶりつく。 こいつの肌は水蜜桃みたいに白くて甘い。 尻なんか本物の桃みたいだ。 白い肌に汗が浮き出て、汗の粒が布団に落ちる。 若さだな……。 俺にはもう枯れた瑞々しい何かがこいつの中にはちゃんとある。 「アッ、おじ様……もっとかき混ぜてよォ……」 「どんな風にかき混ぜて欲しいのか言えよ」 色素の薄い髪色は乱れ、青い瞳は潤んでいる。 もっと鳴けばいい。 どうせお前はここから出られないのだから。 「ココに、おじ様のおちんちん……入れて欲しい」 片足を上げ、とろりととろけた尻を誘うように拡げる。 こいつの細くて白い片足を俺の肩に載せ、ずっぷりと俺のイチモツを納めた。 「んんッ……アァァ……!!」 普通の体位よりも深い所をついているためか、切なげな声をあげる。 こいつの中の濡れた皮膚が俺を刺激する。 「……っ動くぞ」 腰を打ち付ける度、濡れた音が響き渡る。 突くたびに震える体が愛おしくて仕方ない。 そのうち、精がこみ上げ、小さな呻きとともにこいつの中に吐き出される。 それと同時にこいつのイチモツからもビュルリと白濁した液体が流れた。 俺はずるりと白濁にまみれたモノを抜き出すと、縁側に吊るした風鈴がチリンと鳴った。 「ふふっ」 「何だよ、急に笑って」 「だって、飛んでた蜻蛉(とんぼ)が風鈴を鳴らして行ったんだよ。風流だけど、この季節、蜻蛉はまだ早すぎるよねぇ」 遠くの寺で六時の鐘が鳴っている。 降っていた雨はいつしか止んで、虫の音が湿った土の上から聞こえてきた。 こいつの目は風鈴を見つめながら、その向こうの入道雲を見つめている。 まだ少し雨雲として名残のある、少し灰色の入道雲だ。 遠くに行きたいのだろうか。 ……いや、離してやりたくねぇな。 そう思ったら、またムクムクと自分のモノが勃ち上がって、気づけば後ろから襲いかかって鳴かせていた。 ーーー 「わぁ!桃だ!!」 僕は桐の箱に入った桃を一つ取って、皮を剥いてぱくりと食べてみた。 じゅわりと口に広がる甘い果汁にトロトロになりそうだ。 「はしたないぞ、坊。ちゃんと切ってから食べろ」 「おじ様って、そういう所、ワルになりきれないよね」 「何だ、ワルって……」 「育ちのいいお坊ちゃんって感じ」 そう言うと、おじ様は僕の頭を小突いた。 育ちがいいとかお坊ちゃんとか言うと、すぐに怒ってくる。 でも、その理由を僕は少し知ってる。 「ねぇ、おじ様も食べようよ。僕が剥いて食べさせてあげるから」 僕は皮をするりと剥いて、実を自分の口に含め、おじ様の口の中に直接入れてあげた。 甘い果汁に濡れた一欠片をおじ様は器用に舌で受け取った。 「美味しい……?」 「甘すぎる」 「この桃、もしかして弟様から?おじ様の弟、お金持ちだもんね」 「……真面目すぎて、面白くないけどな」 おじ様はハァ……とため息をついた。 おじ様の弟様は双子で、きっちりしたスーツを着て、帽子を被って、黒いステッキを持っていた。 おじ様みたいな無精髭なんて生えていなくて、身だしなみを整えた紳士のような感じ。 顔は似てるけど、性格は真逆みたい。 会社を継ぐべきなのはお兄さんであるおじ様だったんだけど、結局画家になる夢を諦められなくて、家を飛び出した。 おじ様のお父様は怒っていたけど、亡くなってからは弟様が家を継いで、おじ様の絵のパトロンになってくれた。 おじ様は気に入らないみたいだけど。 そうだよね。結局、家から抜け出せていない「お坊ちゃん」なんだもんね。 弟様はおじ様のこと心配で仕方ないんだろうけど。 「明日、その弟が来るから、大人しくしてるんだぞ」 「そうなの?」 「今度の個展の打ち合わせだ」 身内がパトロンなのは嫌みたいだけど、おじ様の絵は人気があるみたい。 だから、壁にかかってる絵もたまにどこかに行ってしまう。 「いいなぁ。僕も個展に行きたいなぁ」 「駄目だ。お前は連れていけない」 「おじ様はケチだ」 僕はソファに座りながら、桃を齧っていると、おじ様は僕の腕を掴み、腕に垂れた果汁を舌で舐めとった。 「やっぱり、この桃は熟れすぎてるんじゃないか?甘すぎる」 「……桃はこれくらい甘い方がいいもの」 「お前の方が甘くて、うまい」 おじ様は僕の体をゆっくり押し倒される。 僕の手からころりと桃が転がり落ちていった。 ーーー 不二(ふじ) 藤次郎(とうじろう)は、兄のアトリエのある坂の上の家に着いた。 黒塗りの車を外に待たせ、玄関へ向かう。 ベルを鳴らすと、無精髭の生えた、自分と全く同じ顔の兄が面倒くさそうに出てきた。 「上がれよ。藤次(とうじ)」 「お邪魔致します」 帽子を外し、脱いだ靴を揃え、部屋に通された。 縁側には風鈴が吊るされ、硝子の机には丸い金魚鉢が飾られ、二匹の金魚が泳いでいる。 ちらりと藤次郎は奥の壁にかかった絵を見る。 金色の額縁の中に、緑の浴衣を着て、桃を両手で持った少年が、青い瞳でこちらを見つめている。 「兄さん。この絵は個展に出さないの?」 「……それは出さない」 「この絵は、人を惹きつける。私は芸術はあまり分からないけど、この絵は良い絵だと思う」 「それは世には出さないと決めてるんだ」 「どうして……。この少年が気に入っているから何枚も描いてるんだろう?」 そう言うと、兄は首をかしげた。 「いや、その少年の絵は、それしかない」 「嘘をつかないでくれ。この前来た時に、この絵は桃なんて持ってなかった」 「あぁ、お前の持ってきた桃を気に入ってな。持ってったんだろう」 「何を馬鹿な……。絵が動くわけないだろう」 そう言いながら、藤次郎はこの少年が実在したらいいのにと思っていた。 初めて見た時から、この少年に心を絡め取られてしまった。 妻もいる、子どももいる。富も名声もある。 それなのに、こんな年端のいかない、いるのかいないのか分からないような少年に……絵画の少年に恋をしてしまったのだ。 こんな風に自分にも絵が描けたら、額縁の中で永遠に囲うことができるのだろうか。 兄の才能が、羨ましくて堪らない。 絵をもう一度見てみると、少年の口元の微笑みがさっきよりも少しだけ深くなっているような気がして仕方がなかった。 【終】

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