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「……あ、田所魚店というところを」  青年は、二十代前半といった歳だろうか。志鶴よりも少し年下に見える風貌をしていた。さらさらと潮風に髪の毛が揺れているからだろうか、どことなく波の綾を思わせる空気を漂わせている。太陽の真下にいるのに透き通るような白い肌をした彼を見ていると、白昼夢に囚われたような気分になって、一瞬、言葉を失ってしまった。 「ああ、田所さんの! 案内しましょうか?」 「ああ、お願いします……ありがとうございます」  「こっちですよ」と笑って、彼は案内を始めてくれた。これは僥倖(ぎょうこう)というのかもしれない。彼に着いていけば、確実に田所の下にたどり着けるだろう。志鶴は必要がなくなったスマートフォンをポケットにしまって、彼のあとをついてゆく。 「――……」  駅から離れようとすると、首筋を、潮風が撫でてきた。なんとなく後ろ髪を引かれるような心地がして、志鶴はつい振り返ってしまう。そうすると、青年はそんな志鶴の様子に気付いたようで、一緒に振り返って立ち止まってくれる。  海の波間に()み込まれた光に照らされて、駅が穏やかに逆光になっている。 「海、好きですか?」 「……あ、いや、特には。ただ、あんまり海を見たことがなかったので」 「ここにいる間は、海、見放題ですよ」  にひ、と彼は笑う。そして、すぐにくるりと向き直ると、また歩き出そうとした。その様子が、海が気になってしまう自分とは対照的だったので、つい志鶴は尋ねてしまう。 「ここに住んでいると、海を見飽きたりしちゃうんですか?」 「ん~、いや? そんなことはないですよ。宮地さんなんて毎日釣りに行ってるし……このあたりの人たち、海にばっかり行くので、肌が真っ黒です」 「……あなたは、全然焼けていないですね」 「あ~……僕は、……あまり、海は行かないので」 「海はあまり好きじゃない?」 「いや、そういうわけでも。ほら、僕はインドア派っていうか、そんな感じなので」  海岸沿いに住んでいるすべての人が海を好きというわけではないのか……そんなことを志鶴は思う。おかしなことではないだろう。東京に住んでいた志鶴も、東京が好きというわけではない。  ここで彼を足止めしてしまっては悪いような気がして、志鶴も海に背中を向けて歩き出す。がらがらとキャリーケースが大げさに音を立て始めれば、再び彼は微笑んでくれた。   

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