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 この町は、平地が少なかった。道路は舗装されているので歩きやすいが、なにぶん坂道が多いので、キャリーケースを引いて歩いていると息があがってくる。町の中程までやってくると建物が増えてきたが、コンビニエンスストアやスーパー等の、志鶴がすぐに見分けがつくような建物は少なくて、改めて青年に案内してもらえてよかったと思う。 「お仕事でここまで来たんですか?」 「はい……転勤で」 「へえ……お兄さん、都会の人でしょ? なまりが全然ないし。こんな田舎まで来て、大変じゃないですか?」 「いや、そんなことはないですよ」 「え~、すごいですね」  青年は志鶴の話を聞くと、感心したように目を丸くしていた。彼の反応は、普通なのかもしれない。転勤が決まった時、同僚たちに同情されたのを志鶴は思い出す。それまでとはまるで生活環境が変わってしまう土地に住むということは、少なからず不安を抱くものだ。  しかし、実はこの転勤は、志鶴が自ら望んだものである。ただ、その理由を今後関わることもないであろうこの青年に話すのも(はばか)られたので、志鶴は黙って苦笑いをしていた。 「知らない土地に来てひとりで暮らすのって、怖くないですか? すごいなあ……僕なら、仕事だからって割り切れないかも。大人の人って、ほんと、かっこいいですね」 「……俺ときみは、そこまで歳が離れていないようには見えるけど」 「いやいや、僕は全然子どもですよ。大人の男の人には、本当に憧れているんです」 「……? そう、なんだ?」  そんなに自分を卑下する必要はあるだろうか、と志鶴は思う。見ず知らずの他人に気をかけてくれるだけでも、彼は十分に大人だと思ったからだ。しかし、彼はお世辞を言っているという様子はなく、純粋な目で志鶴を見つめている。     

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