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「あ、あれですよ。田所さんの店」  やがて、小さな商店街にたどり着いた。いくつかの店はシャッターが閉まっているが、開店している店にはちらほらと客が入っている。アーケード街のように大勢の人で賑わっているというわけではないが、このあたりの住人にとってはなくてはならない場所なのだろう。その中でも一際大きな声が聞こえてくるその店こそが、「田所魚店」だった。 「じゃあ、僕はここで。田所さんに捕まると長くなるから、見つかる前に僕は帰ります」 「ああ、ここまでありがとう。本当に、助かりました」 「いえ。じゃあ……お兄さんもがんばってください」  青年はにこっと笑うと、小さくお辞儀をして去っていってしまった。志鶴は彼の背中が小さくなるまで見送ると、田所魚店に向かって歩き出す。  店の前では、二人の男が談笑していた。恰幅のよい男と、筋肉質で背の低い男。二人とも、青年が言っていたとおり、肌が真っ黒だ。 「あの……すみません、田所さんですか?」 「ん⁉」  会話の邪魔をするのは申し訳なかったが、先ほどの青年の話から考えると、会話が終わるのを待っていてもきりがないと思われた。遠慮がちに、二人に声をかけてみる。おそらく、青いエプロンを身に着けている恰幅の良い方が田所だ。  志鶴が声をかけると、筋肉質で背の低い男が「じゃ、また」と言って帰っていったので、どうやら正解らしい。 「南丘です。お世話になっています」 「……あ、ああ! 南丘さん! どうも、お世話になってます。はあ~、随分とイケメンな兄ちゃんが来たから何事かと思ったわ!」  田所はガハハと笑うと、ばん、と志鶴の肩を叩いてきた。彼の調子のいい言葉にどう返せばいいものかと志鶴は言葉に詰まったが、そうしているうちに田所は「ちょっと待ってくれな」と言って店の中に入っていってしまう。そして、一分も待たないうちに戻ってくると、「じゃ、さっそく行こうか」と言ってずんずんと歩き出した。彼の手には、鍵が握られている。貸家まで案内してくれるようだ。 「ここから近いんですか?」 「歩いて十分ってところですかね。ほら、あそこに集落があるでしょう。あン中です」 「なるほど……」 「南丘さん、職場どこです? この辺ではないでしょう?」 「バス一本で行けるところだったので、そこまで遠くはないです」  世間話をしながら、二人は家まで向かっていった。会話の中で知ったことだが、これから借りる家は、田所が亡くなった親から相続したものらしい。親が亡くなる前にリフォームをしてしまったので、空き家にしておくのも勿体なく思い、貸家にすることにしたのだと言う。志鶴が借りる前にも一人、志鶴と同じように転勤でやってきた人がそこを借りていたらしい。   

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