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 そんな貸家は、閑静な住宅街の中に建っていた。綺麗に手入れをされた庭が付いている小さな一軒家で、一人で暮らすには十分すぎる家だ。少々古さを感じる外装に対して真新しい外手すりが付いているのが、いかにもリフォームしたてといった雰囲気を持っている。 「どうぞ、入ってください」  田所は簡単に家の中を案内してくれた。中は随分と綺麗で、床も新しいものに張り替えられている。トイレや風呂も真っ白で、これはたしかに空き家にしておくのは勿体ない、と志鶴は思ってしまった。冷蔵庫や洗濯機等の家財は揃っていると聞いていたが、これまた最新式のものが導入されている。 「綺麗でしょう。おふくろがですね、脚が悪かったもので。親父がおふくろのために、有り余った貯金を使って思いっきりリフォームしたんです。でも、リフォームしてから五年くらいでおふくろ、ぽっくり逝ってしまいまして。そんで、親父も後を追うようにすぐにね。そんなわけで、このとおり、中は真新しい家が残ってしまったんですよ」 「……お父さんは、奥さん想いだったんですね」 「アッハッハ、まあ、そうですねえ。若い時は、おふくろに尻にしかれていたみたいですけど、親父、おふくろのことが大好きでねえ。仲のいい夫婦だった。オレもかみさんともうちょっと仲良くなれたらいいんですけど」 「奥さん、怖いんですか?」 「そりゃあもう、鬼ですよ、鬼」  田所は豪快に笑う。志鶴はそんな田所を見て目を細めた。  一通り、家の中を説明してもらった。最後に、契約の話をするからと、リビングに案内される。さすがにダイニングセットはなかったので、床に直接座ってやりとりをすることになった。  契約は機械的に、ずいぶんと簡単に終わった。田所がこういったやりとりが好きではないらしい。東京にいたときに住んでいたマンションの契約と比べると、随分と適当な契約に思えた。 「まあ、何かあったら連絡ください。うん、このとおり中は新しい家なんで、そうそう何かがあるってことはないと思うんですけども。たとえば洗濯機が壊れたとか、そういうことがあったら声をかけてもらえれば――……」  田所はそんなことを言いながら、ふとある一点に視線を留める。どうしたのだろうと志鶴がその視線を辿っていけば、そこには一つの柱時計があった。 「ありゃ、あの時計止まってるぞ」  アンティーク調の、立派な振り子時計。床も壁も新しいこの家の中で、唯一過去が染み込んだ家具だった。田所はどたどたと時計に近づいていき、ぼんぼんと叩いたりして困った顔をして見せる。 「いつの間に止まっていたんだ、これ。気付かなかったな」 「……いいですよ、大丈夫です。時計なら、スマートフォンも目覚まし時計もあるし……」 「――いやいや、だめでしょう。時計が止まったままなんて」  

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