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 田所はなんとか時計を動かそうとあれこれと弄っているが、時計に反応はない。田所のちょっかいを一向に無視し続ける時計を見ながら、志鶴はふと思う。  もしもあの時計が人間だったら、あの時計は眠っているのだろうか、死んでいるのだろうか。 「だめだな、こりゃ。ちょっと修理を頼んでみますわ。南丘さん、これから引っ越し屋さん来るでしょう? そのあとに来てもらう感じでいいです?」 「……まあ、大丈夫です」  志鶴としては柱時計が動いていようが止まっていようがそこまで気にしないのだが、持ち主である田所が直したいのであれば、直してもらうべきだろう。止まっているのなら、放っておけばいいのに――なんて、そういう考えはきっと少数派なのだ。  志鶴が頷けば、田所はポケットから携帯電話を取り出す。すっかり色の剥げた、ぼろぼろの折り畳み式携帯電話に懐かしさを感じた。「オレ、スマホは一生使いこなせないと思うんですよ」なんて言いながら、田所はどこかに電話をかけ始める。 「あ、もしもし、オレだよオレ、田所です。海くん? あのさ、うちの時計が動かなくなっちまってな、あ~、振り子時計なんだけど……あ? 今日は休み? え、来てくれるって? 悪いね。あ、うちってオレんちじゃなくて、親父の家の方な。今、南丘さんって人がいるから、見に来てくれないかい。ア、うん。夕方くらい? はいはい、じゃあよろしく頼むな」  電話の相手は時計屋のようだ。夕方、と聞いて志鶴は思わず腕時計を見る。昼過ぎくらいに引っ越し業者がくると聞いているので、時計屋がくるまでにはなんとか荷解きを終えられるだろう。電話を終えた田所が「夕方に来てくれるらしいです」と声をかけてきたので、聞いていましたよと言いたいのを飲み込んで「わかりました」と言っておいた。 「この辺に時計屋があるんですか?」 「ああ、ここから少し離れたところなんですけど……海に近いところに、「秋嶋(あきしま)時計店」っていう時計屋があるんですよ。少し前に代替わりしたみたいで、店主はずいぶんと若い子なんです。南丘さんよりも……ちょっと下くらい」 「そんなに若くて時計屋の店主なんですか? すごいですね」 「ああ、あの子はすごいよ。このあたりに住んでいる若い子は みんな都会に出ていっちまうのに、一人で頑張っててましてね」  自分より年下の若者、と言われて、志鶴は田所のもとへ案内してくれた青年を思い出した。あのくらいの歳で時計屋の店主というのはなかなか想像しにくく、素直に感心してしまう。 「若いのに、すごいですね」 「いやあ、南丘さんもお若いでしょう。こっちの方に来てくれて、本当にありがたいですよ、私どもとしては」 「そういうものですか?」 「深刻なのよ、うちの地域の高齢化。役場もがんばってるけど、なかなか若者が集まらなくてね。でも、南丘さんみたいな未来のある人が近くにいてくれるだけで、私たちの活力になるわけですよ」 「――……そう、思ってもらえるならなによりです」  志鶴はふい、と田所から目を逸らして、愛想笑いをした。田所がまたガハハと笑いながら、志鶴の肩をバンバンと叩いてくる。俺がいなくても十分活力に満ち溢れていますね、と言いそうになったが、その言葉は喉の奥に留めておいた。

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