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海が連れて行ってくれた店は、駅から少し離れたところにある小さな居酒屋だった。海は同い年の友人がほとんどいないので、行く機会と言えば何かの集まりの時くらいらしい。海沿いの町らしく、海鮮料理が美味しい店だった。
食事を終えた頃には、夜の九時を回っていた。「送っていきますね」と言ってくれたので、その言葉に甘えて車に乗ろうとすると、ふ、と生ぬるい風に頬を撫でられる。風が吹いてきた方向は、駅の方。海がある方角だ。
「――そういえば秋嶋くんって、海があまり好きじゃないんだっけ」
「えっ」
灯りがほとんどない、夜の闇。自然と研ぎ澄まされた感覚を潮風が煽ってきたので、不意にそんなことを訊いてしまった。なんとなく、訊かない方がいいかもしれないと、彼の名前を知ったときから思っていたことだったが、この無音の空気に背中を押されてしまった。
海はびっくりしたような目で志鶴を見つめる。唐突にそんなことを訊いたからだろうか。いや、そうではない。その目に浮かんでいるのは、怯えた揺らめきだ。虚を突かれ、受け流すこともできず、戸惑っている……そんな揺らめき。
「そんなこと言いましたっけ」
「言ってなかったっけ」
「……言ってはいないですけど……、でも、海が好きじゃないのは、そのとおりです」
そういえば、彼は海が嫌いとは直接言っていなかったな、と志鶴は思い返す。ただ勝手に志鶴が憶測をたくましくしただけだ。しかしそれ故に、言い当てられた海は驚いたようで、動揺を見せている。
海は視線を泳がせたかと思うと、ふ、と顔をあげて困ったように笑う。夜光に照らされたその表情はずいぶんと大人びていて、それでいて少年のような弱さを持っていた。
「あの……南丘さん。少しだけ……海、見に行きませんか」
重々しく、海は言葉を切り出す。しかし……その表情はどこか、吹っ切れたような雰囲気を醸し出していた。
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