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しばらくの間、海は体を硬直させていたが、徐々に志鶴に身を委ねていった。そっと頭を志鶴の肩に乗せ、ゆっくりと手を背中に回し。志鶴がぎゅっと腕に力を籠めれば、びく、と一瞬肩を跳ねさせたが、やがて目を閉じて、小さな隙間を埋めるようにぐっと体を寄せた。
「……あったかいです」
潮風が吹いてくる。
夜の海を駆けてきた風は、少しだけ肌寒い。触れ合ったところだけが温かくて、腕の中にいる海の存在を感じられた。さらりとした海の黒髪に顔を埋めれば、ほんのりと潮の匂いがする。潮風に吹かれていたからだろうか、それとも錯覚か。ただ、それが違和感を感じることはなく、心地よい。
「……きみ、海って名前、似合ってるよ」
「え……?」
「似合ってる。いい名前じゃん」
名前がコンプレックスだという彼は、どこまでも海が似合うような気がした。その理由は、言葉にはできなかったけれど。気まぐれにさざめいては凪ぐ大海原に、彼の未来を祈りたくなったのかもしれない。
海は黙り込む。徐々に、志鶴の背中に回した手に力がこもる。静かに肩が震えて、鼻をすする音が聞こえてきた。
「……ありがとう、ございます」
志鶴が頭を撫でると、とうとう海は泣き出してしまった。今までため込んできたものが決壊したように、大声をあげながらぼろぼろと泣いてしまった。
彼の泣き声の隙間に、漣のささやきが聞こえてくる。ようやく産声をあげたその名前を、祝福しているかのようだった。
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