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しばらく車を走らせて、志鶴の家に到着する。時計を抱えて、玄関のチャイムを押すと、中から志鶴が顔を出した。
「海。いらっしゃい」
「こんにちは……帰ってきたばかりですか?」
「ああ、うん。丁度ね」
志鶴がスーツを着ていたので、たった今仕事から帰宅したばかりなのだろうと見て取れた。あまり見ない彼のスーツ姿に胸がきゅんとなるのを感じたが、今は仕事でここに来ているので、まだ浮かれるわけにもいかない。
リビングに向かって時計を設置する。時計がきちんと動いているのを見て、志鶴が「おお、流石」と声をあげた。彼への仕事としての接し方をすっかり忘れてしまった海はもごもごと曖昧な返事をするばかりだったが、志鶴は純粋に海の仕事ぶりに感心しているようである。
「結構古い時計だったのにずいぶんと綺麗になったな。ちゃんと動いてるし……。やっぱりプロはすごいな」
志鶴はまじまじと時計を見ながらそんなことを呟く。そんな彼を見ていると、初めてこの家に来て、彼の前で修理の見積もりを出したときのことを思い出した。あの時の彼も、じっと海の隣でこの時計を見つめていたということが、まだ記憶に新しい。
「――……あの」
あの日彼を見た瞬間に、感じたことがある。駅の前で出逢ったとき。この時計の前で話したとき。ぱ、と見た瞬間に、彼に対して覚えた違和感があった。
彼は――時が止まった人間だ。時の流れをなんとなく感じてしまう、そんな感覚を持っている海は、初めて人間に対して止まった時を感じた。その理由は全く分からないし、そもそもこの感覚が確証もないものなので、なぜそんなことを思ってしまったのかがわからない。それでも彼が纏う空気は海辺に落ちていた瓶のように、寂しくて静かだったのである。
あの時、海は咄嗟にこのことを口にしようとした。しかし、あくまで彼は他人で、そんなことを言ったところで彼を不快にさせるだけなような気がして、言えなかった。
今はどうだろう。他人、とは言い切れないほど、彼とは体を重ねてきた。それに彼は、心に寄り添ってくれている。少しくらい、踏み込んだ話をしてもいいのではないか――そんなことを思う。
「ん? 何?」
「あ……、い、いえ。……なんでもないです」
「そう?」
しかし、志鶴と目が合った瞬間、海は言葉が出てこなくなってしまった。もしもこれで彼が怒って、この関係が終わってしまったら嫌だ、とそう思ってしまったのだ。
「海? どうかしたのか」
「あ、」
志鶴が海をそっと抱きしめて、優しく尋ねる。
志鶴の腕の中は、温かい。すべてを受け止めてくれるくらいに広くて、力強くて、抱きしめられただけで安心してしまう。この場所を、失いたくなかった。ずっと彼に甘えていたかった。だから――彼の心の奥には、触れたくなかった。
「……海。これから、一緒にお風呂にはいらない? 泊まっていくでしょ?」
「はい……」
海が考え事をしているのがわかったのだろう。志鶴はぎゅうっと腕に力を込めて、甘い声で囁いた。海もそうされてしまうと、どうしうようもなく志鶴が欲しくなってしまう。もやもやと考えていたことを心の端に追いやって志鶴の肩に顔を埋めれば、優しく頭を撫でてもらえたので、とうとう海は頭が真っ白になって、彼に体を委ねることしかできなくなった。
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