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バスに揺られて約20分。比較的開けたこの町の一角に、志鶴の職場はあった。バス通いは不便に思うところがあるが、先日ローンで購入した車は納車までにもう少し時間がかかってしまう。それまでは、辛抱しなければいけない。
営業の仕事をしている志鶴だが、その日、顧客とスケジュールを詰めている時に、腕時計が止まっていることに気付いた。腕時計が使えないと仕事上かなり不便になってしまうのですぐにでも直そうと思ったが、職場から最寄りの時計屋までは徒歩20分の距離があるらしい。仕事が終わってから往復40分かけたところにある時計屋で修理をするとなると、家に着く時間がだいぶ遅くなってしまう。時計の修理如きにそこまで時間をかけたくなかった志鶴が思いついたのが、海に修理を頼むということだった。海の時計屋も結局はバス停から歩くことにはなるが、海に会えることを考えれば、そのマイナス点は相殺されるだろう。
仕事が終わり、さっそく海の時計屋――秋嶋時計店に向かう。彼の店は話には何度か聞いていたが、実際に行ったことはなかった。海の近くにある、ということは聞いたことがあるが場所はわからない。バス停で降りると、地図アプリを使ってあやふやながらも徒歩で向かう。
アプリに表示されている地図を見ただけでもわかったことだったが――本当に、その時計屋は海に近いところにあるようだった。この先の海沿いの道をずっと歩いていったところにあるらしい。
日が暮れて、残照だけが空を紅く染めていた。風はほとんどなく、海 と出逢った日に感じた潮風も、今日はほとんど吹いていない。それでも、遠くの方からはざあ……と潮 の音が聞こえてくる。静かなその音は、心の表面を優しく撫でてくれているようだった。
「……」
志鶴は不意に立ち止まり、海を眺めた。気が遠くなるほどに遠くにある地平線が燃えるように煌めいている。きらきらとした波の綾、空高くで鳴くカモメたち。『自分自身を許せなくなった人が、自分を許せる』場所。海 の母が彼に祈ったその祈りは――この海を見ていると、よく理解できた。こんなにも広い海を見ていたら、自分の罪など、小さなものに思えてきてしまうかもしれない。
――けれど。
海に赦しを乞うほど、自分の人生になど興味はない。海に赦しを願えるほど、心は澄んでなどいない。この海は志鶴にとって、鉄格子の中から眺める青空のように、哀しく、美しく映った。
「――こんにちは」
「……!」
ぎらぎらと炎のように眩い海に目を留められていると、後ろから声をかけてくる者がいた。振り向けばそこにいたのは――ロングコートを身にまとった、痩身の女性だった。
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