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志鶴から腕時計を預かった海は、店の奥の作業場へ向かった。諸々の作業は、この場所でするようになっている。海は預かった時計をテーブルに置くと、へにゃっと溶けるようにして座り込んでしまった。
「不意打ちだ~……」
まさか志鶴が店に訪れるとは思っていなかったので、動揺が止まらない。撫でられた頭がまだ熱を持っていて、思い出すと自然と口角が上がってしまう。
海は志鶴がこの店に来たことが嬉しくてたまらなかった。彼と会うのは、セックスをするときだけだった。たまに一緒に外に出たりすることもあるが、一日の最後には必ずセックスをしていて、いわばセックスをするために会っていると言っても過言ではない。それは彼が自分のことを思ってしてくれているとはわかっていても、最近は、なんとなくそんな彼との関係を寂しく思っていた。そのため、時計の電池交換という名目であっても、この店に来てくれたことが嬉しかったのだ。
志鶴と、体以外の繋がりが欲しい。それはわがままなのだろうか。今以上を求めて彼に突き放されてしまうことへの恐怖と、もっと彼を知りたいという気持ちがぶつかって、頭のなかがぐるぐるとしてくる。
海はぼんやりと作業をしながら、胸がぎゅっと苦しくなるような感覚にため息をついた。
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