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 しかし、海は彼に問う。  志鶴が目を見開いて海を見つめる。ああ、触れられたくないところに触れてしまったんだ――志鶴の表情に、海は悟ったが、後には引かなかった。 「志鶴さん、サン&ムーンフェイズの懐中時計、持っていますよね。志鶴さんが引っ越ししてきた日、段ボールの中に入っていたやつ。あの時計、ずっと気になっていたんです。あの時計は……ずっと長い間、止まったままのものでしょう? そして、あの時計そのものだけじゃなくて、その周りの時間も止まったまま」 「……」 「……前、……僕、言ったじゃないですか。長い間止まっていた時計は、雰囲気でなんとなくわかるって。それは、時計だけじゃなくて、他のものもそうです。ずっと時が止まってしまっているものには、なんだか……寂しいような、そんな気持ちを抱きます。僕は、志鶴さんの時が止まってしまっているように見えるんです。初めて志鶴さんに出逢ったときから、今までずっと。あの時計と、志鶴さんが……止まっているように見えるんです」  今まで、言いたくても言い出せなかった言葉を、とうとう彼に伝えてしまった。これ以上、彼に対して抱いていた違和感に気付かないふりをして彼と一緒にいることができなかったのである。  志鶴はしばらく黙り込んでいたが、はあ、と息をつくと表情のない瞳で海を見つめてきた。彼のそんな目を見たことがなかったので、海は思わずぐっと息を呑んでしまう。 「……あの時計は、たまたまだけど……俺の父親が亡くなった時間で止まっているんだ。俺が中学生の頃に止まったから、随分と長い間止まっていたんじゃないかな」 「……」 「……それだけ。それだけだよ。事実あの時計はずっと昔から止まったままにしていたし、俺の時が止まって見えるなんて、そんなのただのきみの気のせいだろうし。きみが気にすることでもないでしょ。どうしたの、急に」  志鶴はあくまでもいつもどおりの口調で話す。彼の言葉には、言い返すことはできなかった。それまでと言われれば、突っ込む隙もなかったからである。しかし、海はどうしても彼の言葉には納得ができなくて、きっと彼を睨んでしまった。 「僕は……止まったままの時計をそのままにはしておきたくないし……時が止まった人を、放ってなんておきたくないんです。気のせいって言われたらたしかにそうかもしれないですけど……でも、志鶴さんはすこし、変ですよ。だって、自分のことをどうでもいいって思ってるじゃないですか。僕にばかり優しくして、自分のことになんて全く興味がないじゃないですか。志鶴さんと一緒にいると、なんとなくわかるんです。……志鶴さんは僕のこと……抱いてくれますけど、僕は志鶴さんとセックスしているような気が全然しません。だって、心どころか、体すらもつながっている気がしない。志鶴さんは志鶴さん自身のことなんて全然慰めようともしないで、僕にばかり優しくする。いつも、そんな感じで一方的だから……最近は、志鶴さんとしていると、虚しくなってくるんです……!」

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