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 俺が何歳になっても、父は相変わらず忙しかったし、稀に帰ってきたとしても俺とほとんど会話を交わさなかった。心の距離は開くばかりで、俺は父が親であるという意識もあまり持っていなかった。  十歳の時に買ってもらった懐中時計も、傷つけるのが怖くて箱から出さないままに机の引き出しの奥にしまっていた。たまにその存在を忘れてしまうことはあるくらいに、その時計にはあまり関心を抱いていなかったが、たまに引き出しから取り出して箱のふたを開けて眺めてはしまうということを意味もなくやっていた。  その懐中時計を、嫌いになったことがある。  俺が中学生になったときのことだ。違う小学校に通っていたという生徒と、俺は他愛ない会話をしていた。 『この前、家族で北海道に旅行に行ってきたんだ。ゆきまつりって知ってる?』 『でっかい雪だるまの祭?』 『それそれ! すごいんだよ、写真見てよ!』  彼は楽しそうに笑いながら、デジタルカメラに保存されている画像を見せてきた。彼は小学校を卒業する前に北海道へ旅行に行ったのだという。カメラには、テレビでしか見たことがない巨大な雪像が映っていて、本当にあの祭は実在するものなのか、と俺は妙な感心の仕方をした。 『あ、それ僕とお父さん。すごいでしょ、お父さんに肩車をしてもらっても、雪だるまよりも全然小さいんだ』  そんなことを彼が言ったときだ。横で俺たちの会話を聞いていた女子生徒が、口を挟んでくる。 『だめだよ、志鶴くんにお父さんの話をしちゃ。志鶴くん、お父さんがいないんだから』  彼女は俺と小学校が同じだった生徒だ。俺に気を使っているのだろうが、余計なお世話だったし、そもそも父は単身赴任しているだけでいないわけではないので、俺は訂正しようとした。しかし、その前にカメラを持った彼が言う。 『えっ、そうなの? 可哀想……』  その言葉に、形容しがたい苛立ちを覚えた。父があまり家に帰ってこないことを同情される謂れなどなかったし、彼も彼女も親切ぶっているその表情が嫌らしい。  なぜ、憐れまれなければいけないのだろう。なぜ、みじめな思いをしなければいけないのだろう。どうして父は傍にいてくれないのだろう。言葉にならない靄のような感情が胸いっぱいになって、吐き気がする。  その時は、咄嗟に教室を飛び出してしまってちょっとした騒ぎになった。教師に何か言われたのか、あとから二人が謝りにきたが、謝られることすらもみじめだった。

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