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Ⅲ 閃光、午前二時

*  よく晴れた日の午後だった。志鶴は海に、秋嶋時計店に呼ばれていたので、午後一番に店に向かう。 「――あ、志鶴さん! 待っていましたよ!」  店に入ると、海がにこにこと笑って手招きしてくる。どうやら作業場まで来て欲しいらしい。何のために呼ばれているのかはわかっていたので、志鶴は緊張した面持ちで海のもとに向かってゆく。  志鶴は、少し前に懐中時計の修理を海に依頼していた。あの懐中時計は雨の中野ざらしにされていたり、止まってから長年放置されていたり、海に投げ込まれたりとかなりのダメージを受けていたせいで、大規模な修理が必要になり費用はかなりかかった。もはや新しく買った方がいいのではというくらいの修理費になってしまったが、そこは仕方ないので払うしかない。  そんなこんなで色々と大変なことになってしまった懐中時計の修理だったが、ようやく修理を完了したということで、この日、志鶴はこの店まで来たのだった。 「――あら、たしか貴方……」 「あっ、お母さん」  海に連れられて志鶴が作業場に向かおうとしたとき、店の外から声が聞こえてくる。振り向けば、そこには――海の母親が立っていた。今日は以前会ったときとは違う、その辺のスーパーに行けば雲隠れできるようなラフな格好をしている。 「あっ」  久々に会った彼女に、志鶴はどう声をかければいいのか悩んだ。しかし彼女はそんな志鶴の気まずさを感じているのかいないのか、からからと笑って声をかけてくる。 「なんだ、あなたが志鶴さんだったんだ」 「えっ?」 「ううん、だって海が時々志鶴さんって名前をポロッて言うから……てっきり彼女かなって思ってたんだけど、まさかあなただったとは。よくよく考えてみれば、志鶴さんって名前、男の人っぽいね」 「……っ」  恐らく、彼女は「志鶴」が海の恋人であることはわかっているだろう。つまり、目の前の男が自分の息子の恋人であると、彼女は今、認識できているのだ。 志鶴は苦笑いをするしかなかった。息子の恋人が曰く付きの男だった時の母親の気持ちなど、計り知れない。  しかし、彼女はまた雑に笑い声をあげると、「海、イケメン捕まえたね~!」とさらっと言ってくる。 「じゃ、私はお買い物行ってくるから~! どうぞお幸せに~! 志鶴さ~ん、海のことよろしくね~!」 「えっ、あ、はい」  志鶴は呆気に取られて、結局何も言えずにそのまま彼女を見送ってしまった。志鶴が戸惑っていると、海は「お母さんはああいう人なので」とあっけらかんと言ってくる。  自分の息子がよくわからない男と付き合っていることは気にしないのだろうか……と志鶴は思ったが、よくよく思い返してみれば彼女はにっこにこと嬉しそうに笑っていた。もしかしたら、海が幸せそうにしているので、ただそれが嬉しいだけなのかもしれない。おそらく、相手が誰であろうと関係ないのだろう。 「志鶴さん、たぶんあとからお母さんに迫られますよ」 「迫っ⁉」 「うちのお母さん、僕に恋人ができると異様にテンションあがるんです。たぶん根掘り葉掘りいろんなことを聞かれるので覚悟しておいてください」 「ええ……俺、あまりいい物件じゃないから嫌われないかな」 「大丈夫ですよ、あのとおり適当なことばかり言ってくるので、そのまま適当に流しておけば」 「それでいいのか……」 「それでいいんです。お母さんはただ、嬉しいだけですから」 「――……」  にこっと海が屈託のない笑顔を浮かべる。  思ったよりも強烈なキャラクターをしていた海の母親のことはともかく、志鶴は、海がまっすぐに母親の愛情を受け止めているその姿に、思わず笑みがこぼしてしまった。たまらず海の頭をくしゃくしゃと撫でてやれば、海は「な、なんですか」と照れてしまう。 「お宅の息子さんは俺が幸せにしますって宣言してやろう」 「え、ええ~……なんか恥ずかしいですよ、志鶴さん……」  海がはにかんで、志鶴のなでなでを甘んじて受け止める。幸せそうに笑っているこの海の姿に、彼女は何を想っているのだろう……そう思うと、ちょっぴり、泣きそうになった。

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