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ねことボスゴリラと蝶々と
昔から曲がったことが大嫌いで、戦いを挑む時は自分よりも強そうな相手を選んでいた。たとえば小学生の時は3つも年上のやつに言い返したし、中学生の時は部活の先輩に啖呵を切ったこともある。いつも勝てたわけじゃないけれど、それでも見て見ないフリはできなかった。
その度に由比は焦って宥めてきたけれど、俺としては間違ったことはしていないと思う。
悪い事を悪いと言って何が駄目なんだ?
間違ってることを注意して、どうして俺が怒られる?
その正義感とやらは高校生になり少しはマシになった。いくら喧嘩っ早い俺だって、何に対しても食ってかかることはしなくなったし、妥協するってことも覚えた。
けれど、やはり弱い者苛めだけは許せない。だからあの光景を見た時も、止める由比を振り切って俺は駆け出した。
***
移動教室からの帰り道。教室へ戻る道すがら、視界に入り込んできた光景に俺はその場へ走り寄った。
「やめろよ!そいつもう謝っただろ?!たかが肩がぶつかったぐらいで、そこまで睨みつける必要なんかないだろ!」
背中越しでもわかる威圧感たっぷりの男に叫べば、ゆっくりと大きな図体が動く。振り返ったその顔は不機嫌そのもので、太めの凛々しい眉は吊り上がっていた。
「なんだ?この平凡は」
見た目通りの太い声で男が言う。
「へっ、平凡?!初対面でいきなりそれ言う?!」
「平凡のくせに俺に声をかけて、平凡のくせに俺にタメ口をきいて、平凡のくせに俺を注意するお前は誰だ?」
「何回も平凡って言うな!1回で十分だ!!」
そりゃあ俺は背だって平均より少し低いぐらいで、髪だって日本人代表の黒髪だ。
すっごい美形でもなければ、キモ可愛いと言われるほど個性的な外見もしていない。目の前に立つ男からしたら、俺は平凡そのものだろう。
対してこの男は、俺よりも背が高くて身体つきも逞しいし顔だって……イケメンの分類には入るだろうけれど。だからと言って、初対面の相手に随分な言いぐさだと思った。
「平凡のくせに俺に話しかけるな。消えろ」
「はあ?!お前に話しかけるのに、平凡とか関係ないだろ。お前と話そうと思ったら、美人かイケメンに生まれなきゃ駄目なのかよ?!」
「そうだ」
「そ、そうだって……そんな自信満々の顔して言うな!」
ふんぞり返って立つ男は俺に集中していて、その隙をついて絡まれていた生徒が逃げ出す。こちらを見ることも礼を言うこともなく、助かったとばかりに俺を置いて。
あ、と気づいた時にはこの場には俺と男と、その取り巻きっぽいのが数人。しかも、こいつがさっき言ったように外見の整ったやつらばかり。
学校の廊下で、妙に威圧感のある知らない男と対峙している現状。助けようと思ったつもりが、一転して俺の方がまずい状況に陥ってしまった。
「なんで黙る、平凡」
裏切られて焦る俺に、男が詰め寄ってくる。
制服の上からでもわかる鍛えられた身体。短く黒い短髪の似合うそいつは、逃げて行った生徒を一瞬も見ることなく、俺だけを睨みつける。入学して13日目で、初ピンチ到来だ。
ぎろりと睨む男の目。目尻が吊り上がっていて、自信に満ち溢れた黒い目。その目が、嫌な感じに細まった。
「おい平凡、お前の名前は?」
「答えたくない」
「答えないならタロウと呼んでやろうか?それともポチか?」
「俺は犬じゃない!」
人のことを平凡と言いやがった次は、犬の名前を付けようとする。
あまりにも横暴な男の態度に、俺の苛々は募るばかりで。沸々と湧き上がる怒りの感情は、どんどんと俺の器を満たしていく。思えば今日は、朝から嫌なことが続いていた。
朝に観た星占いは最下位だったし、乗った電車は途中で止まるし、昼休みに食べようとした弁当は渡す相手を間違ったのか『パパLOVE』とデコってあったし。
そして極め付けが、さっきの5時間目だ。音楽の授業でバイオリンかピアノを弾けと言われて、そんなもの弾けるわけなくて減点された理不尽な仕打ち。
見つけた喧嘩の仲裁に入れば平凡を連呼され、置き去りにされ、犬の名前で呼ばれ……。
ああ、腹が立つ。本気の本気で腹が立つ。
何が今年で1番のアンラッキーな日だ。8月6日のハムの日に生まれた、しし座の俺をバカにしてやがる。
「おいコラ。聞いてんのか、ポチ」
どうやらポチに名前を決めくさったらしい男が、俺の肩に触れる。その手首を勢いよく捻り上げ、痛みに唸る男に宣言する。
「誰がポチだ!!俺は柳未伊、入学したばかりのピチピチの1年生で、こう見えても合気道歴7年だ!!!次またポチとか平凡って呼びやがったら、この無駄に綺麗な廊下にぶん投げるぞゴリラ男!」
これが俺とボスゴリラである香西との出会いだった。
プライドを傷つけられたらしいボスゴリラは、俺を標的とした悪趣味な『追いかけっこ』を度々催し、いつも俺は戦ってきた。
心配してくれる友達の由比に大丈夫だと笑って、走って走って走って。絶対に悪には負けないと決めて。そして今日もまた、俺はボスゴリラの取り巻きから逃げている。
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