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蝶々遊びの心得
太陽が輝く青空の下、どうして俺は腕を組んだ友人に正座させられているのだろう。説明しろと言われたから昨日の話をしたのに、どうして怒られなくてはいけないのだろう。
その答えを由比が教えてくれる。
「俺が怒ってるのは、1つ目に俺がいない日に追いかけっこしたこと。確かに柳は強い。でも、大勢で来られたら負けるってわかってるだろうが。逃げることも作戦だって何回も言ってやったのに」
「逃げた!逃げたら追いかけてきて、追いかけてくるから逃げて……」
「それを追いかけっこって言うんだよ。俺は取り巻きから逃げるんじゃなく、勝負から逃げろって言ってんの」
悔しくて唇を噛みしめるけれど、由比の言葉責めは終わらない。無謀だと罵られ、もう捕まって好き勝手されちまえと投げ出される。でも、見放されると困るから沈黙を貫く俺に、由比がため息をついた。
「何よりも1番の問題なのは、愛知先輩と知り合ったこと。柳、あの人を見て何か変だと思わなかったわけ?」
「変って言われても……。教室に引きずり込まれて出れなかっただけだし。なんでゴリラの取り巻きが尋音先輩の言うこと聞いたのかは、未だに分からない」
「そんなの相手が愛知先輩だからだろ。この学校に愛知先輩に逆らえるやつなんて、学園長含めて1人もいない。お前を追いかけまわしてる香西先輩ですら、愛知先輩には敵わない」
なんで?と率直に訊ねると、由比の顔が驚愕して目を見開く。
「柳、お前まさか愛知先輩知らないのか?!」
「今は知ってる」
「お前……マジか……。いくら跡継ぎじゃないって言っても、愛知の名前ぐらいは知ってると思ってた俺がバカだった」
空を見上げて嘆く演技をした由比に、ムッとしてしまう。その苛々は態度に現れて、チッと舌を打てば由比が俺と同じように座った。
俺は正座で由比は胡坐をかいて。一応まだお説教は続くらしい。
「愛知先輩の家は、日本だけじゃなく世界でもトップクラスの名家だ。しかも、あの人は正真正銘の一人息子。御曹司って言葉ぐらいなら、柳でも知ってるだろ?」
「へぇ……尋音先輩ってそんなに金持ちなのか」
「金持ちなんてレベルじゃない。雲の上の上の上の、そのまた上の存在だ」
「それって宇宙?尋音先輩って宇宙レベル?」
ぴしり、と由比のこめかみに青筋が浮いた。どうやら調子にのって余計なことを言ってしまったらしく、ごめんと手を振って謝る。
「愛知家の一人息子に刃向かえるやつがいると思う?この学校だって私立ではあるけど、名門ってわけじゃないし。ここに通ってるのは中途半端な小金持ちばかりだろ」
「由比のとこは中途半端じゃないじゃん。家めちゃくちゃ大きいし」
「俺はお前の付き添いなの。幼稚園の頃からお前の面倒を見るのが俺の役目なの。お前が無茶しないかどうか、いっつも心配で胃が痛いの。わかる?!」
「それは大変だ。胃薬は常に持ち歩けよ」
今度こそ拳骨が飛んできて、俺の後頭部に由比の拳が強打する。目の奥の方で星が飛んだ気がして、由比はチャラいくせに変なところが堅物だと思った。少しのジョークぐらい付き合ってくれてもいいのに……。
「超絶金持ちで超絶イケメン、庶民なんて相手にしないはずの愛知先輩と、平々凡々で見た目も可もなく不可もない柳が、何をどうして付き合うことになったのかが知りたい!」
俺の両肩を勢いよく掴んだ由比が身を乗り出す。由比もそれなりに整った顔立ちをしているけれど、男に詰め寄られても全然嬉しくない。
「由比、近い近い。この距離でのアップはさすがに無理」
「柳。愛知先輩は本当にすげぇの。愛知先輩と付き合うには予約して順番待ちしなきゃ駄目で、俺が聞いたのは3年先までの予約は埋まってるって噂だ」
「なんだよ、それ。貴族の間で流行ってるのか?」
予約とか順番待ちとか。理解できない内容を由比に聞き返すと、フン、と鼻で笑った後に教えてくれる。
「愛知先輩に対する独自ルール。愛知先輩の邪魔はしない、愛知先輩には逆らわない、愛知先輩を1人占めしない」
「益々意味がわからない。なんなの、尋音先輩はここのアイドルだってこと?えー、ウケる」
「アイドルじゃなくて王様な。柳は香西先輩が王様だと思ってるかもしれないけど、それは間違い」
本当の王様は尋音先輩なのだと由比が教えてくれる。俺を追い回すボスゴリラの香西じゃなく、綺麗な蝶々がこの学校のトップなんだって教えてくれる。
先輩に『王様』って称号は違和感しかない。
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