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ボスゴリラ

「とにかく!俺は見ての通りの平凡で、特に何の魅力もない人畜無害な高校生なわけ。その俺が愛知家の一人息子をどうこうなんて、できるわけがないだろ?!」  自分で言って悲しくなるけれど、これが現実だ。周りがどう思おうが、俺と尋音先輩の間に甘酸っぱい恋愛感情は存在しない。 「できるわけがないのに、実際にできてるから聞いてんだろうが」 「そんなの尋音先輩の気まぐれ。あれじゃないのか、綺麗な花に飽きたから次は雑草に、的な」 「花?あいつが花になんか興味あるかよ。自分のことすら、どうでもいい男なのに」  ハッと白々しい笑い方をした香西が頬杖をつく。そこで気になるのは、さっきから感じていた『馴れ馴れしさ』だ。この言い方は悪いかもしれないけれど、香西からは尋音先輩に対する『親しさ』を感じる。 「ボスゴリラさ、尋音先輩と知り合い?まさか2人は友達……はないな」  訊ねた俺を香西はじろりと睨み下ろした。 「次ゴリラつったら、屋上から吊るし上げるぞコラ。それから、俺と尋音は友達なんかじゃなくて幼馴染だ」 「ほえ?ゴリラと蝶々が幼馴染?ってか友達と幼馴染って別枠なの?」 「だからゴリラじゃねぇつってるだろうが!」  頭の中にゴリラの周りを飛び回る蝶々の絵が浮かんで、なんてシュールなんだと思った。それは表情に出してしまっていたらしく、香西の口元がヒクつく。  さすがにふざけすぎた気がして、俺は咳払いを1つ落とした後に表情を締めた。 「悪いって。んじゃ、香西」 「俺もお前の先輩なんだよ。なんで尋音は尋音先輩で、俺は呼び捨てなんだ?」 「だって尋音先輩は頭はおかしいけど紳士だし。間違っても変な鬼ごっこしたり、その辺の生徒を捕まえて土下座させたりしない」 「それは今の尋音であって昔のあいつは……いや、何もない。話はもう終わったから出るぞ」  口元を押さえた香西が立ち上がり、俺に退出を促してくる。一体何が聞きたかったのか不思議だけれど、香西と2人きりはお断りだから素直に部屋を出た。  どこかへ向かおうとする香西とは反対側に進み、そう言えば言うべきことがあったことを思い出して、その背中を呼び止める。 「香西!例の鬼ごっこ、別にやめなくていいから」 「あ?尋音はどうする気だ?」 「お前と俺の鬼ごっこに尋音先輩は関係ない。尋音先輩に助けてもらわなくても、俺はお前に負けたりなんかしない」  指さして声高らかに宣言してやると、予想外だったのか香西が間抜け面を浮かべる。けれどすぐに凶悪な笑みに変わり、黒くて獰猛な目が歪んだ。 「そうかよ。それなら、放課後からまたスタートだ。ちょうど尋音にも色々と借りはあるし、まとめてぶっ潰してやる」 「それは楽しみだけど。尋音先輩に刃向かったら、ボスゴリラ駆逐されんじゃねぇの?」  由比が『香西さんだって愛知には敵わない』と言っていたように、それは宜しくないのではないかと暗に告げる。すると香西は、つまらなさそうな顔を一瞬だけした後、俺から目を背けた。 「お前が何を聞いたかは知らねぇけど、尋音は家の力なんか借りない。ぶっ飛んでんのは尋音自身だからな」  じゃあな、と一応は手を上げた香西に、なんだかんだで育ちは良いんだと思った。普通にしていれば良家のお坊ちゃんのくせに、あのゴリラっぷりが邪魔をして勿体ない。  あれだけ嫌だと思っていた追いかけっこなのに、どうして俺は止めなくていいと言ってしまったのだろう。尋音先輩の気まぐれが俺に向いている今、絶好のチャンスを自分から棒に振ってしまったことが悔やまれる。 「いや、別に後悔はしてないんだけど。俺が勝たなきゃ意味がないだけだ」  自分が売られた喧嘩は自分で対処する。そんなの当然のことで、尋音先輩にも由比にも助けてもらうべきじゃないと思っている。だからこれでいいんだと、頷いてから教室に戻ることにした。  気まぐれな蝶々が俺を構うのも、精々1ヶ月だと我慢すれば……多分大丈夫だ。

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