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追いかけっこをしよう
「だーれかー。だぁ、れぇ、かぁ。誰か助けてー!!」
何回も、何十回も叫んだ台詞が部屋にこだまする。今、俺ほど誰かの助けを求めているやつは、この世にいないんじゃないかと思うほどだ。
押しても引いても駄目だった扉には、くっきりと俺の足痕がついているだろう。残念ながら俺の脚力はハンマー代わりにはならないらしく、扉は壊れることもなければ開くこともなかった。
『うんともすんとも言わない』ってのは、正しくこういうことだ。
「寒いし暗いし、叫びすぎて喉は痛いし……腹も減ったし」
感覚的にはもう昼休みに突入していてもおかしくない。
腹の虫がグゥと鳴ったのを聞いたのはかなり前の話だし、朝に行ったっきりだからトイレにだって行きたい。それでも、閉じ込められてしまえばどれも叶わない。
なんとかして唯一あった小窓から外に出ようとしたけれど、指が窓の縁を引っ掻くだけで終わった。割れてしまった爪が痛くて、再度試そうという気力すらない。そもそも、仮に手が届いたとしても、そこから懸垂をして身体を持ち上げる筋力は俺にはない。
「ボスゴリラぁ……くっそ、早く来いよ」
ここに俺がいることを知っているのは香西だけだ。その香西が迎えに来てくれない限り、俺は外に出ることはできない。悔しいことに俺の運命は、ゴリラが握っている。
もし俺がお姫様だったら、王子様が助けに来てくれるのかもしれない。母さんの好きな話では、自分の長い髪を窓から垂らして迎え入れたりする姫様だっている。
だがしかし、残念ながら俺は姫様でもなければ、髪だって短い。平凡な男子高校生だ。
よって、助けは来ない。
「開けゴマ!!!開いてください、開いていただけないでしょうか?開けやバカ扉!」
お決まりの魔法の言葉も通用せず、沈黙を続ける扉に背を預けて座り込む。少し寒いが、かなり寒いに変わり始め、こんな場所に取り残されて何をしているんだと悲しくなった。
誰も来ない、誰も探してくれない。呼んでも呼んでも返事はない。孤独だ。
「もう最悪だ……」
由比は心配してくれているだろうか。柳のバカって文句を言いながら、何度も俺に連絡してきているのかもしれない。ボスゴリラは……どうしたんだろう。俺のことなんて忘れて、ウホウホ鳴いているような気がする。
そして尋音先輩は……。まだ俺を探しているかどうかも分からない。
「でも勝負には勝ったし。あの変な遊びに付き合うことに比べたら、閉じ込められるぐらい平気だ。こんなの余裕、余裕!」
自分の口から出た台詞が、空元気なことには気付いている。でも、そうでも言わなきゃ不安で胸が押しつぶされそうだった。
もし由比が呆れて帰ってしまったら?
もし香西が本当に忘れてしまっていたら?
もし、尋音先輩がお昼寝タイムに入っていたら?
そう考えるだけで震える。自分は度胸がある方だと思っていたのに、全然駄目だ。1人は怖くて、嫌な方に思考が引っ張られる。
自分で何とかしようって気持ちはとうに折れて、誰か助けてくれとしか考えられない。
「誰か……由比、香西…………、先輩。尋音先輩」
助けてくれるはずないと諦めつつ、みんなの名前を呼んだ時。
「ミィちゃん」
さっきは無視を決めこんだ扉が応えた。俺のだけど俺のじゃない名前を呼んで、けれど俺のことだとわかる呼び方。こんな呼び方をする人は、世界に1人しかいない。
「お昼寝中?」
コンコン、とノックの音が聞こえる。自分は俺のノックに応えないくせに、俺にはそれをするんだから尋音先輩は不思議だ。
「どうせ寝るなら、もっと綺麗な所で寝た方が気持ちいいと思うよ」
「……ぱい。尋音、せんぱい」
「あ、起きてた。なあに、ミィちゃん」
頭の中では先輩に助けを求めちゃ駄目だってわかってる。この人にだけは頼っちゃ駄目で、居留守を使うべきだって冷静な俺が諭している。
でも、1人は怖い。
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