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今日も麗し王子様
急いで昼飯を食べて、数学と英語の教科書とノートを手に立ち上がる。5時間目の音楽は自習だから、少しでもテスト勉強をしようと思ったからだ。
そして向かう先は尋音先輩のいる空き教室。どこにいるのかは聞いていなかったけれど、おいでと言うならあそこで間違いないだろう。
「尋音先輩、入りますよー」
今日も一応はノックをして、一応は声をかけて足を踏み入れる。やっぱり定位置である窓の下に座っている先輩は、俯き加減で何も答えなかった。
「尋音先輩?」
ゆっくり近づいて先輩の足元に立つ。今日も左足を伸ばし右足を軽く曲げ、そこに肘をついて頬杖をついた姿勢。はらりと落ちた髪が先輩の耳を晒し、そこには鈍色に光るピアスがある。
びっくりするほどの爆睡だ。これだけ近づいても起きず、いびきもかかなければ寝言も言わず、寝息すら聞こえない。静かに眠り続ける先輩に、しゃがみ込んで顔を近づける。
「綺麗……昨日も思ったけど、尋音先輩にピアスって意外と合うな」
虫も殺せないような顔をして髪色はすごく明るいし、お坊ちゃまのくせにピアスの穴まで開いているなんて。本当に先輩は、見た目と中身のギャップが大きい。
「見た目は目立つ方だけど性格は控えめで温厚……控えめか?控えめなやつは、ガラスを殴って割らないだろ」
控えめかどうかは別として、先輩は寛容ではあると思う。香西みたいに口調が荒いなんてことはないし、尋音先輩が慌てたところなんて見たことがない。いつも笑っていつも落ち着いていて、いつも緩い。それがこの人だ。
例えば、季節で表すなら冬と春の間。まだまだ寒いんだけど、これから暖かくなる予感がする季節だ。
「先輩って、なんだか冬生まれっぽいよな。クリスマスイブとか似合う」
「残念。正解は6月だよ」
目は閉じたまま、唇だけが動く。少しだけ楽しそうな、いたずらが成功して喜んでいる子供みたいな声が聞こえた。
「起きてたんですか?」
答えたんだから起きてるのに、どうして確認してしまうのか。もしここで無視されても、先輩が既に起きていることに変わりはないのに。もちろん尋音先輩は俺を無視することはない。
「ミィちゃんが何か言ってるなぁと思って。独り言みたいだったし、答えるべきかわからなくて黙ってた」
「なんだ。起きてたなら何か言ってくださいよ。一人でべらべらと恥ずかしいじゃないですか」
「ん、ごめんね」
「その言い方は謝る気ないですよね」
ふっ、と吐息だけで笑った先輩が顔を上げる。閉じていた瞼が徐々に開くと、そこからは髪の色と似た瞳が現れた。
今日も綺麗だ、と思った時にはそれは緩やかに笑んでいて、いつもの尋音先輩だ。
「おはようミィちゃん」
「…………先輩、やっぱり冬生まれでしょ」
「違うよ。6月29日」
「じゃあ蟹座ですか?俺の兄ちゃん28日で蟹座だし」
「そうなの?自分の星座なんて気にしたことないな」
これでこそ先輩。生活していく上で必要最低限しか知らない先輩。多分、先輩に誕生石は何ですかって聞いても、絶対に知らないと思う。そういう俺も自分の誕生石は知らないけど。
「星座を気にしたことないって、じゃあどうやって占い見るんですか?変なの」
なんだかおかしくて俺が思わず笑ってしまうと、先輩は目を数回パチパチと瞬いて首を傾げる。でも笑われたのは嫌じゃなかったのか、微笑んだままだった。
「それで、今日はどうしたの?ミィちゃんから連絡くるのって珍しい」
「どうしたと言うか……昨日、ちゃんと帰れたのかなって。遅くなって怒られなかったか心配で」
普通に考えて誰に怒られるんだって話だけど。既に香西から聞いていた俺は、何の気なく訊ねた。すると少し考えた後、先輩は「ああ」と小さく頷く。
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