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今日も麗し王子様

「香西か。あいつから聞いたんだね」 「えっ、なんで分かったんですか?」  ずばりと言い当てられ、今度は俺が瞬きをする番だった。尋音先輩は蝶々の王子様だけでなく、エスパーなのかと思ったぐらいだ。 「昨日のことは俺は誰にも話していないし、仮に岸が話すとしたらあいつしかいない」 「きし?」  情報元が一瞬で香西だとバレたことも驚きだが、聞いたことのない名前が出たことにも戸惑う。どちらの感情を優先するか悩む俺に、先輩が教えてくれた。 「岸は、俺の監視役になるのかな。とにかく、小言がうるさい爺さん」 「ああ、噂の世話係ってやつですね。それも含めて香西に、先輩が昨日のことで怒られたって聞きました」  ごめん香西。もうバレたからには隠せないから言っちゃう。きっと香西は嫌がるだろうけど、尋音先輩はこんなことじゃ怒らないから許してくれ。  ……って、今はいない相手に向かって心の中で謝り、香西から聞いた話を全て伝えた。迎えの車を放置したこと、何の連絡もしなかったこと。その結果、夜遅くまで説教されていたこと。  全部言い終えて尋音先輩を見ると、怒るでも笑うでもなく「うん」と素直に肯定した。 「帰ったのもそんなに遅くないのにね。それなのに俺の態度が悪いって怒られて、日々の生活態度が云々って余計な話も始まって。寝たの夜中の0時を過ぎてた。ありえない」 「それは先輩が悪いんじゃ……というか、0時ってそこまで遅くないですよ。いつも何時に寝てるんですか?」 「普段は9時には寝るかな。起きていても特に何もすることないし」 「くでぃっ?!」  先輩が何時に起きているのかは知らないけれど、あまりにも早い就寝時間に変な声が出た。夜の9時なんて、今時は小学生でも起きている時間だ。 「先輩。どれだけ早寝なんですか。寝過ぎで脳みそ溶けちゃいますよ……」  いよいよ本格的に不思議ちゃん街道を進みだした先輩に俺は、コホンと咳払いを挟んで話題を変えることにした。けれど。 「ミィちゃん、それは何?」  尋音先輩に先手を取られてしまい「え、あ、」と意味のない言葉を発してしまう。先輩がそれ、と指さすのは俺が傍に置いていた数学と英語の教科書だ。 「次の時間は自習だからテスト勉強しようかと思って。自習なのに音楽室に行くの、面倒なんですけどね」 「へぇ。近々テストがあるんだ?」 「それすら知らなかったんですね……来週から始まりますよ。由比なんか、今から夜更かしして必死に勉強してますし」  努力の秀才と自分で言うだけあって、由比の勉強量は恐ろしく多い。テスト前日には目が血走り、口から出てくるのは公式や化学記号ばかりだ。  それとは対照的に、先輩のこの落ち着きようは何だろう。  1週間前にしてテストがあることすら知らないということは、テスト範囲も知らないということで……そもそも、授業に出ていないのだから、何も知らなくて当然のような気もする。 「尋音先輩は勉強しなくて大丈夫なんですか?」  余計なお世話だと言われたらどうしよう。僅かな不安が顔を覗かせるけど、寛容すぎる先輩は嫌な顔すらしなかった。 「まあ、うん。多分」 「多分……本当に大丈夫なのか不安になりますね」 「それより、今日の放課後はミィちゃんに会いに行けない。だから何かあれば、今のうちに言ってね」 「何か?何かって?」  特に何もないですけど。続けなかった言葉は表情に出してしまったらしく、先輩の浮かべる笑顔が眉尻を垂らしたそれに変わった。小さな変化だけど、これは苦笑だ。

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