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生誕祭

   毛布なのではないかと疑うぐらい、ふわっふわの絨毯の上を歩き、ここは巨人の国ですかと聞きたくなるぐらい、大きな大きな扉をくぐって。世界中の光りを集めたに違いない、眩暈がしそうなほど輝く部屋の中に入る。  そこには俺でも知っている有名な政治家や、テレビで観たことのある偉い人や、確実に日本人ではない異国の人がいた。それを見た瞬間に俺は帰りたくなった。入室から数分も経っていない早さで。カップラーメンが出来上がるよりも絶対に早かったはずだ。 「おい、その顔やめろ」  隣に立つ香西が身を屈ませ、こっそりと小声で耳打ちしてくる。でも、そんな香西も俺ほどではないけれど顔が引き攣っていた。それもそのはずだ。こんなに大きな規模の誕生日会を見せつけられたら、仕方ないと思う。 「……香西。なあ、俺たち場所を間違ってないか?ここで合ってる?」 「ああ。よく見てみろよ、そこにばっちり尋音の名前が書いてあるだろ」  香西が顎で指す先。そこは会場の入り口で、確かに『愛知尋音誕生パーティー』と案内が出ていた。それによって間違いであってほしいという俺の願いは、木っ端みじんに吹き飛ばされたわけだ。 「さすが尋音先輩。規模が違う」 「17歳でこれなら、成人した時や還暦はどうするんだろうな……考えるだけで頭が痛い」 「テレビ中継でもするんじゃない?あとさ。どうでもいいけど、ゴリラでも頭痛ってあるんだな」 「柳。今すぐ沈めるぞ、このクソ駄犬が。とにかく俺は知り合いに挨拶してくるから、お前はカーテンの影にでも隠れてろ」  どうしてそこでカーテンの影が出てくるのかはわからないけれど、1人でこんな場所にいるのは憚れて、俺はそそくさと壁際に逃げた。  隠れる途中で渡されたオレンジジュースは、今まで俺が飲んできた物とは全然違う。生搾りよりもさらに生だ。さすが破格の大金持ちが出すだけあって、フレッシュさが際立っている。 「これ……1杯いくらなんだろう」    由比が聞いたら「下世話すぎる」って小言でも言われそうな独り言。会場に流れるピアノの音で消えたそれを、無駄に考えてみる。でも当然答えはわからなくて、後で香西にでも聞いてみようかと思った。  けれど、肝心な香西がなかなか帰ってこない。たまにその姿は見えるものの、少し移動すれば誰かに話しかけられ、それが終われば次……と、忙しそうだった。その理由は簡単だ。 「忘れてたけど香西も金持ちの子供だもんな」  きっと、この会場の中では俺が1番の下位だろう。別に自分や自分の家族を卑下するつもりはないし、周りが羨ましいってわけじゃない。けれど権力や財力で言えばそれは間違いない。  香西はボスゴリラだけど、場違いには見えなかった。学校の時とは違って前髪を後ろに流した大人っぽい髪型や、高そうなスーツがとても似合う。  一方俺は、兄ちゃんに頼んで貸してもらった、サイズが微妙に合っていないスーツ姿だ。今はジャケットを着ているからいいものの、脱いだらウエスト周りがブカブカなのが、即座にバレてしまうだろう。  離れて冷静になると、嫌でも差を感じる。それは尋音先輩はもちろん、香西にも。そうして俺は、ぼんやりと周りを眺めることしかできず、目の肥えた人間は俺を一瞥しただけで興味を失う。  向けられては外される視線が『こいつはない』と言っている気がして、自然と顔を伏せてしまう。まるで公開処刑をされてるような、そんな被害妄想に心が占拠されかけた時だった。 「どうぞ」  不意にかけられた声に顔を上げる。そこには露出が少なくて、けれど華やかなドレスを着た女の人が立っていた。  俺の母さんよりも確実に若い。おそらく、大学生の姉さんの方に近いぐらいの年齢だろう。  100人に聞いたら、100人全員が綺麗だと言うような、そんな女の人が俺を見ていた。

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