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2人の幸せを願って

 ペンケースに入っているカッターナイフで、青斗が自分の喉を切り裂いたのは、本当に一瞬だった。  ドラマでしか見た事がないような勢いで吹き出す血は、青斗の机やペンケースをたちまち真っ赤に染める。近くにいたオレの服や顔にも飛び散ったし、談笑の交わされていた教室にはたちまち悲鳴があふれ、誰かが倒れた鈍い音がして、まるで地獄絵図だ。  そんな中、友人の首から溢れ続ける血液を「へぇ、本当にこれだけの血が出るんだな」なんて思いながら見つめていたオレは、ちょっとヤバイ人間に思われるかもしれない。別に友人が突然目の前で自殺したショックで感情がバグったワケでもなければ、非情な人間ってワケでもないから、尚更ただのヤバイ人だ。  ……ただオレは、この結末を想像できていたし、覚悟していただけ。もしその覚悟がなかったら、さすがにオレだって教室にいた連中がしたのと同じように、悲鳴をあげて、倒れていただろう。  花乃のことを全て青斗に打ち明ける。  宮都の家に生まれた以上花乃に付き纏う運命も、花乃が自殺したことも、それは青斗を守りたい一心だったことも。  全部全部青斗に伝えようと花乃の死体を見た時、オレは決めた。それでその時、覚悟も決めたのだ。青斗はきっと、「こう」するんだろうな、そう思って。  それは、ここで狼狽えるような覚悟じゃなかったってこと。 「悪いな、花乃。オレはお前が思うほど、やさしい男じゃないんだよ」  もう届かないだろう謝罪をぽつりと呟く。まあ、謝るつもりもなければ、後悔もねぇんだけど。  花乃も青斗もオレの友達だ。やろうとする事がなんとなく分かる程度の付き合いはある。  もしかしたら花乃が宮都家のことを全部打ち明けていれば、この結末も変わっていたかもしれない。青斗は花乃を強く愛していたから、自分が殺されるかもしれないっていう時でも花乃の手を離さないだろう。2人で駆け落ちさえ企んだかもしれない。  でも花乃も青斗を愛していた。だから青斗を巻き込みたくないし、青斗が殺されるならもってのほかだと、自分から手を離したんだ。青斗になにも告げずに。  青斗が生きながらえてくれるなら、いくらでも花乃は大好きな青斗に嫌われることが出来たんだろう。青斗が生きてさえいてくれれば、痛くも痒くもない、って。  そんな花乃決死の最期の嘘を、オレが今、あっさり無駄にして、そうまでして守ろうとした青斗の命も潰しちまったんだけど。 「別にオレは死後の世界なんて、信じちゃいねぇけどさ。でもまあ、せめて天国で幸せになれよ」  青斗に対してなのか、花乃に対してなのか。オレは2人の幸せを願って、青斗のクラスを後にした。まあ、こんな騒ぎになっちまったんだ、人1人が出て行っても教室にいる人間は見咎めない。学校も臨時休業になるだろう。  まっすぐ家に帰ろうか。そんなことを考えて、自分のクラスまでの短い道のりを歩きつつ思い出すのは、花乃がオレにこっそり打ち明けた、あの言葉。  それから、

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